column 2022.12.12
 
【シリーズ】郊外くらしラボ

人や活動が集まる小さなまち 753villageとは?(前編)

千葉敬介(東京R不動産)
 

横浜市の郊外のまち、中山。ここには人が人を呼び、活動が活動を呼ぶ、すてきな循環が生まれる地域があります。R不動産で取り組んでいるいろいろな地域での活動にも、きっと生かせるヒントがあるに違いないと、詳しく話を聞いてきました。

小さなエリアに拠点や活動などが次々と生まれる楽しいまち「753village」(クリックで拡大)

横浜市の北西にある住宅街、中山。すてきな活動が連鎖するように、続々と生まれる小さなエリアがこのまちにあります。

その中心になっているのが「753(ななごーさん)プロジェクト」。建築や食、ものづくりなどに関わる人たちがチームになって、「自分たちの暮らしは自分たちでつくる」という思いのもと、活動をしています。

「753プロジェクト」の関口春江さん。「Co-coya」というスペースとシェアハウスを運営している建築家・住空間デザイナー

駅から離れた位置にある、一見すると普通の住宅街。なのに「753village」と呼ばれるこの地域にはカフェやコワーキングオフィス、シェアアトリエや、ギャラリー、教室、多世代交流サロンなどが集まり、地域外からも日常的に人が訪れます。

誰かが大きな資金を投じたり、プロモーションをしたりするわけではなく、自然なつながりの中で人が集まり、活動が生まれているのに、それぞれの質が高く、思いやストーリーがちゃんと共有されているように感じる、とても興味深い地域。

なぜこんな面白い地域が生まれたのか? なぜ中山だったのか?

R不動産でも今、いろいろな地域の人たちと新しい活動を始めている中で、とても良いお手本になりそうなこのプロジェクトのこと、詳しく教えてもらいました。

「Co-coya」2階はコワーキングオフィス。1階もアトリエと地域に開いたまちのインフォメーションとして2022年2月にオープン

働く、開く、備える「Co-coya」

案内をしてくれたのは関口春江さん。10年ほど前から地域に関わり、このまちに移り住んだ彼女は、まちのインフォメーション機能も担うコワーキングとシェアアトリエ「Co-coya」を運営する建築家です。

築60年の家をリノベーションしたCo-coyaは、大きな土間と高い天井が迎えてくれる、地域に開いた心地よい空間。アトリエには陶芸家や染色家、画家、パティシエが入居しています。中でもお菓子の「food circus」は、販売会で行列ができるほど人気なのだとか。

広い土間と高い天井が気持ちいい。災害時には近所の人も暖をとれるように薪ストーブを導入

住宅街の特性上、カフェやレンタルスペースなどの施設が奥まっていて分かりにくいので、ビジターセンターのような空間をつくることにしたそう

「7年続けてきたマルシェがコロナで開けなくなったのをきっかけに、通りに面するこの建物をもっと開いた場にできないかと思ったんです」

そうして完成したCo-coyaには、もう一つの役割が。それは災害時の拠点です。古い井戸を復旧し、近所の人もトイレやお湯が使えるように薪ストーブと薪風呂を設置。これはいろいろな地域で取り入れてみたいアイデアです。

奥は陶芸家や染色家、画家、パティシエが使うアトリエ

災害時には近所の人にもお風呂を使ってもらえるように、薪風呂をつくった

きっかけは菜園とカフェ

関口さんがこのまちと関わるようになったのは、10年前に始めたカフェの運営からでした。

今は「菌カフェ753」として、レストラン「Tsuji-que」(東京・都立大学前駅)の辻 一毅さんが運営するこのカフェは、関口さんや辻さんたち4人のプロジェクトとして始まりました。

「菌カフェ753」を運営する辻さん。コミュニティが広がるようにと、あえて大勢に働いてもらう方針に転換したのだとか。その数なんと20人

東京から中山の自然農法の菜園に通っていたという辻さん。

「通うなら住んでみようと思って見つけたのが、この店のすぐそばにあった平家。地主でもある大家さんに頼んで、住まわせてもらうことになりました」

暮らし始めて1年ほど、辻さんは家の裏手にあったカフェの建物を使うことを思い立ちます。そこで同じく菜園に通っていた関口さんたちとチームを結成。4人それぞれが活動を発信する場にしようと始めたのが、このカフェでした。

落ち着いたすてきな空間で、自家菜園の野菜を使い、発酵を生かしたおいしい食を提供している

樹齢100年を超える桜の木に守られるような、味わいのある建物

753プロジェクトの源流は20年前に

10年ほどかけて、暮らし働く人たちが集まり、生態系が育まれてきた753village。

しかし遡ることさらに10年以上、753プロジェクトの源流ともいえる場所が、このまちにつくられていました。それは地域を見下ろす高台に立つ「なごみ邸」。7本の桜の大木に囲まれた立派な日本家屋が空き家となったことから、コミュニティスペースに改装した建物です。手がけたのは先ほどの地主、齋藤好貴さんでした。

高台に立つ「なごみ邸」。7本の桜の古木に囲まれるような広い庭のある日本家屋

発表会、演奏会、個展などのさまざまな用途で利用されている。庭を挟んで、教室専用のレンタルスペース「楽し舎」がある

「この施設の魅力を地域内外の方に感じてもらうことを大事にしています。普段は予約制ですが、桜の時期には広く皆さんに開放しているのもそのためです」

そうして演奏会など発表や活動に使う人が集まるようになると、教室を開きたいというニーズが増え、空き家になった隣の建物も教室専用の施設「楽し舎」として整備。その後も地域で出た空き家を活用して、新しい活動にチャレンジする人向けの貸しスペース「季楽荘」や「Gallery N.」を開き、今では4つのスペースを運営しています。

「季楽荘」和風の広い庭のある立派な平家の建物だが、新しくチャレンジする人の足がかりとなるように、抑えた料金設定で貸し出している

車庫だった建物を改装したギャラリー

こうした20年以上の取り組みが、住むだけでなく仕事や活動をする人たちをここに集めているのです。

それが753プロジェクトへと続き、今やこの地域はウェイティングが出るほど人気になっています。

最近では多世代交流カフェもでき、子どもから高齢者、障がい者まで、さまざまな人が楽しく過ごせるエリアになっている

すてきな循環が生まれた理由

さて最初の疑問に戻ります。
なぜこの興味深い地域が? 中山に?

理由はぜひ現地に足を運んで感じ、考えてほしいと思いますが、僕が考えた理由は次のようなこと。

まずは地主の齋藤さんの取り組みに代表される、活動する人を呼び込む動き。これが地域に日常的なつながりや循環を生み出し、人や活動をさらに呼び込む流れが生まれています。郊外の多くの地域がベッドタウンとして“住”に偏ることで抱えている課題へのヒントがここにあります。

そしてそれを空き家の活用で実現していること。さらに活用されている建物がどれもすてきで、そこにはある理由が隠されているのですが、その話は後編で……。

空き家を生かすことは、若い世代がリノベーションやDIYなどでローコストに、身の丈にあった形で活動を始める素地にもなっています。

手前に広がる緑が市民の森などの豊かな自然環境や里山。都心から南下すると最初に現れる本格的な自然環境。黄色いプロットがCo-coya(googleマップ

さらにもう一つ理由が。それは空から見ると分かります。中山のまちの背後には「新治市民の森」「三保市民の森」「四季の森公園」をはじめ、豊かな自然や、里山の風景が広がっています。この環境が辻さんをこの地域に通わせ、関口さんや辻さんを出会わせました。

クリエイティブな感性を持つ人たちと、この環境の相性の良さこそ、これから郊外を考える大きなヒントになるはず。それを改めて実感させてくれた753villageでした。

「なごみ邸」へとつづく小道

後編はこちら
人や活動が集まる小さなまち 753villageとは?(後編)

(写真:阿部 健

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