column 2015.9.11
 
【連載】最前線レポート! 規制緩和とリノベーション

第3回 内閣府規制改革推進室がきた!?

馬場正尊(東京R不動産/Open A)
 

突然鳴った一本の電話。それは「内閣府規制改革推進室」の女性からだった。
戸惑いながらも、規制改革という大きな渦に巻き込まれていく、馬場正尊。
既存建物の半数以上といわれる「検査済証」のない建築物。
それを法規の枠に入れることはできるのか?
違法建築として見捨てられてしまう建物を救うため、馬場の挑戦は続きます。

(illustration=東海林巨樹)

その電話は突然掛かってきた。

「内閣府規制改革推進室の者ですが、ちょっとお話を聞かせていただいてもよろしいでしょうか?」

その女性の声は、冷たく冷静で淡々としていた。
僕はなぜか逃走中の犯人が刑事から「ちょっと話を聞かせてもらえませんか」と街角で突然言われたような気持ちになった。

国土交通省に殴り込みに行ったのが内閣府にまで伝わってしまったのか。
これはまずいことになったのかもしれない……、と一瞬思ったが、冷静に考えると規制を緩和する方からの電話ではないか。

こうして、内閣府規制改革推進室のスタッフが事務所にやってくることになった。
一体、どんな人たちなんだろう。

内閣府からの使者

やってきたのはパリッと黒のスーツに身を包んだ3人組、一人は女性で電話の声と同じだった。

彼らは僕に仕事の内容、プロセス、現行法規のどのような部分がリノベーション実務の障害になっているかを丁寧に質問していった。しかし話の内容が専門的で、そう簡単に理解できるわけではない。途中からは具体的な案件を写真で見せながら、同時に手続きのフローや、どの部分が決定的に問題なのかを図示しながら説明した。

やはり焦点になったのは「検査済証」なしの建物を、何らかの手続きによっていったん法規の中に入れ直す手段だった。そのフローが確立すれば放置を余儀なくされているかなりの建物を救うことができるはずだ。しかしそれは“パンドラの箱”でもある。なにしろ既存建築の半数以上が「完了検査」を受けていないため違法状態にあるといわれている。

ひとしきり話を聞いたあと、メインのインタビュアーだった彼女が切り出した。
「専門的でなかなか難しいですね。公開ディスカッションに出席して直接発言していただけないでしょうか?」
「な、なんですかその公開ディスカッションってやつは?」
「国土交通省の担当者はじめ、専門家や関係者が集まって、規制緩和の是非について議論する公開の場です。そこでのやりとりが、内閣総理大臣に向けての答申に影響するんです」

なるほど、ずいぶん重要な場のようだ。しかし、そんなところに僕が出ていっていいものだろうか。
そして僕が最も気にかかるポイントを尋ねてみた。
「そんなことをして、僕は国土交通省ににらまれないでしょうか?」
すると彼女は、けげんそうな表情でこう答えた。
「法治国家でそんなことがあったら問題です」

それはもちろん分かっている。でも慎重にならざるを得ない。
基本的に僕は穏やかなタイプだから、余計な波風を立てる事はあまり好きではない。でも、ボトルネックになっているルールをポジティブに変えていけるチャンスだとすれば、そこにはちゃんとコミットしたい。僕はうまく立ち回れるのだろうか。

「考えさせてください」
とりあえず最初のミーティングではそう答えた。

内閣総理大臣への答申

それから約1ヵ月の間、メールや長い電話で規制改革に関する詳細なやりとりをした。言いたいことはたくさんあったが、話が拡散すると効果が薄れそうな気がしたので、建築基準法に絞って話をすることにした。

彼女たちのあまりに丁寧で、詳細にまで踏み込んだ取材には疲れたが、 同時に頭が下がる思いだった。政府の答申ってやつは、こんなふうにしてできていくんだなぁと、いつもならニュースでさらっと聞き流すだけの単語の意味を改めて考え直した。

「公開ディスカッション」で発表したパワーポイントの資料。

この後に行われる内閣総理大臣への答申には、彼女たちが担当する「地域活性化」の分野だけでも11の項目があると、彼女は教えてくれた。リノベーションに関するのはそのうちの一つであるらしい。残りは旅館業法や薬事法など建築に関係があったり、まったく関係なかったり、さまざまのようだ。

さて、僕の意見はその答申にどれぐらい影響を与えるものなのだろうか。民間の小さな設計事務所の声はどれくらい国に届くのか。

それから数ヵ月後、6月16日に政府の答申があった。長い文章の中から上のやりとりに関係があると思われる部分をここに抜粋する。

抽象的で固い表現になってはいるが、確かに言及はされている。
なるほど、あのやりとりがこのような書き方で方向付けされるんだなぁ。大きくはないけれど、ちょっとだけ新しいストック活用の扉が開いたのかもしれない。それが実証されるのは多分数年後のことだろう。

「規制改革ホットライン」

しかし同時に、このような答申が行政の現場に対してどれぐらいの拘束力を持ち得るのか疑問に思った。それがただの紙切れだったとするならば、今までの捨て身の切り込みも無駄になってしまう。

そこで彼女に聞いてみた。
「ここで書かれている答申は、実現するでしょうかね。どのぐらい真剣に受け止められるんだろう?」

僕が尋ねると、彼女はいつもと同じように、まるで紙を読んでいるかのごとく淡々とこう答えた。
「答申は『規制改革実施計画』として6月30日に閣議決定されています。それが実行されない場合や、実行が遅い場合には『閣議決定違反』ということになりますので、真剣に受け止められます」

なるほど。どうやら各省庁にもかなりのアタック力があるらしい。
今までごちゃごちゃと頑張ってきたかいがあった。

さらに彼女は続ける。
「内閣府の規制改革のサイトに、『規制改革ホットライン』というコーナーが設置されていています。ここから規制改革に対する提案を、政府に直接出すことができます。これは、投書箱的な“読まれてるか分からない”というものではなくて、規制改革に関係するものであれば、必ず管轄する省庁に確認が行くことになっています」

なるほど。
政府も民間からのダイレクトな声を政策に反映させようという意思は本気のようだ。ただこのような枠組みがなかなか僕らのところにまで伝わってこないのはもったいない。

さらに彼女は続けた。
「ただし、あくまでも規制改革という論理で提案されることが必要です。そうではない内容が含まれていたり、客観性を欠くものについては取り上げらません。それと、個人で提案もできますが、企業・団体で提案をまとめて頂くのもいいです。提案は幅広く検討・調査を行い、具体的な要望があり、そのニーズが高く、規制改革が合理的である場合に、説得力があるとみなされます」
そうアドバイスをくれた。

確かにこれは大きな話だ。僕らだけでは小さな声かもしれないけれど、このコラムを読んでくれて、問題意識を共有できる組織や企業が一緒になって、連名でこのホットラインから提言するとするならば、それなりのインパクトを持つかもしれない。

このコラムを読んでくれている皆さん、どうでしょう。一緒に提言しませんか?

そして別れ

規制改革推進室の担当の女性とは、直接会ったり電話をしたりと、ずいぶん長い時間を一緒に過ごした。でも彼女はいつも冷静沈着で、客観的で、淡々とした姿勢を崩さなかった。さすが政府が送り込んできただけのことはある。

そして、彼女の任期が終わる日の別れ際、少しだけはにかみながら彼女はこう言った。
「馬場さん、個人的にfacebookで友達申請してもいいですか?」

そこにいるのは、普通の年下の女性だった。
規制をつくるのも変えるのも、人間だ。

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