column 2019.4.26
 
ニューニュータウン西尾久プロジェクト

「店が掘り起こすまちの価値」 イベントレポート

兵藤育子(ライター)
 

まちの新しい顔になる店が揃い始めた「ニューニュータウン西尾久」。このまちで僕らはどんなことができるのか? 店を通して地域やコミュニティの新しいかたちをつくり出してきた、株式会社walksの小久保 寧さんと、株式会社WATの石渡康嗣さんを迎えて、東京R不動産の林 厚見が「店が掘り起こすまちの価値」というテーマでお話を聞きました。

株式会社WATの石渡康嗣さん

林:まずはおふたりから自己紹介をお願いします。

小久保:僕は6年ほどITの会社で働いてから独立して、株式会社walksという会社を立ち上げました。京都の崇仁地区という長年手つかずだったエリアに、屋台村をつくるプロジェクトを手がけることになったのを機に移住して、京都を拠点に活動しています。社会的・地理的に課題を持つエリアの開発を中心に仕事をしたいと思っています。

石渡:僕は株式会社WATという会社を運営しています。これまでの仕事を振り返って共通点を挙げるなら「健全な食を通して、まちを明るくする」ということになると思います。自分たちがやりたいことを分かりやすく定義するためによく使うのは「コミュニティビルディング」という表現です。コミュニティは「つくる」とか「育む」とか、いろんな表現がありますけど、店を運営する僕らとしては「積み重ねる」というニュアンスが強いんです。

株式会社walksの小久保 寧さん

林:コミュニティビルディングを日本語で説明すると、どうなりますか。

石渡:例えば、カフェをオープンして1日、2日で何かが出来上がることはほとんどなくて、内装やメニューや人間関係などが、時間の経過とともに徐々に積み重なって完成形に近づいていく、というような感覚です。

林:店をつくるときは、地域に欠けているものを埋めていく感じですか?

石渡:欠けているところは意識します。僕らの仕事は大抵、不動産デベロッパーや行政から「この場所にコミュニティをつくってほしい」というような依頼がまずあります。5年ほど前、茅ヶ崎の団地に「CAFE POE」をつくったのですが、そこでは古い団地に暮らす高齢者が引きこもりがちになっていました。そういった人たちに足を運んでもらうにはどうすればいいか考えたし、それが結果的にコミュニティにつながり、欠けていたものが少しだけ取り戻せた実感はあります。

西尾久にある人気の銭湯「梅の湯」を会場に、トークイベントを開催しました

林:小久保さんは建物からまちを考えるのとはちょっと違う目線かなと思うのですが、今の日本のまちに対してどんな思いを持っていますか。

小久保:地域の魅力というのは幅であって、良い部分と悪い部分が混在していていいと思っています。人間もその方が面白みがあるし、それらをごちゃ混ぜにして楽しむスタンスが好きですね。

林:ちなみに今日は、集合時間の1時間以上前に西尾久に来て、喫茶店で地元のおじさんたちと話し込んでいたそうですね。

小久保:地域を訪れるといつも感じるのは、自分たちの地域や暮らしを知ってほしいっていうエネルギーが溢れているってことです。何も言っていないのにお茶やお菓子を出されたりして。西尾久もやっぱり話したがっている人が多い印象を受けました。「若い人たちにもっと来てほしい」と、口をそろえて言っていて、まちに対する愛情を感じました

トークイベントとあわせて行った内覧会とまち案内にも、たくさんの方が参加しました

林:実際のところ西尾久のまちは変えるべきだと思いますか?

小久保:ニーズに合わせて変えていくのはありだと思うんですけど、それが一時の流行りだとたぶん飽きてしまいますよね。残っているものには残されるべき理由があるので、そこを無視するのはよくないと思います。

林:新しいものに変わっていくのは、本来は自然に起こることじゃないですか。それが今の時代はチェーン店に変わっていくことであり、タワーマンションになることであったりするわけですけど……。西尾久に着目したのは、資本がぐわっと入ってどんどん塗り替わっていくような場所ではないけど、放っておくとちょっとずつドライになっていく感じがしたからなんですよね。だから、このまちに自然にフィットするかたちをつくってみたいという思いが、僕らとしてはあるんです。石渡さんは、こういうまちでコミュニティビルディングを実践するとしたら、どんなことを仕掛けたいですか。

石渡:僕も、まちの生態系そのものを変えようとするのではなく、ちょっと風向き変わったかなっていう程度の影響力があるものを考えたいです。飲食の分野でいうなら、コーヒーとかビールみたいに気軽にお金を落としてもらいやすい店になるんでしょうね。

林:僕らは「おぐセンター」という空間をつくろうとしていて、食堂とかカフェみたいな店がベースになるんでしょうけど、食だけではないんだろうなとも思っているんです。つまり、たとえば中目黒なら時間をかけてわざわざ行く人もいるだろうけど、夜みんなで「西尾久に遊びに行こうぜ」ってことにはならないので、ここで暮らしている人が、日常的に足を運ぶような場所にならないといけない。ありがちかもしれないけれども、昼間はお年寄りが将棋を指していて、子どもたちがその辺を走り回っていたり、ゲームをしたりしていて、そこにお母さんが迎えに来たり、お父さんが帰りにちょっと飲みに寄ったりとか、ごちゃまぜな空間をつくりたいんですよね。

小久保:おばあちゃんが作ったごはんを一緒に食べられる場とか、若い人がイベントをできる場とか、自分を表現できるような場所がいいですよね。そうすると“自分ごと”としてそこに行きたいと思えるし、地元意識も芽生えるのかもしれない。

林:個人の商売ではできないようなものを埋め込んでいく場所になるのがいいのかもしれないですね。イタリアの田舎なんかに行くと、昔ながらのまちがそのまま残っていて感動するんですけど、たぶんみんなその価値を日常的に感じているから、壊す理由が生まれないんですよね。その点、東京はそこをあまり考えないで、儲かればいいじゃんっていう流れになってしまっている。壊さなくてもちょっと変えればできることもたくさんあるし、そのビジョンを指し示すことで共感の連鎖が生まれて、面白いまちになっていくのが理想のシナリオです。

石渡:人って何かとつながっていたい欲求が、必ずあるはずなんです。SNSがそれを補うこともできるけど、リアルな場もやっぱり必要なんですよね。

林:「若い人に来てほしい」とおばあちゃんが言ったりするのも、一緒に遊びたいわけではなくて、健全なまちの風景として、若い人もいてほしいってことなんですよね。好き嫌いは関係なく、本能的に求める何かが人の集まる場にはあるんでしょうね、きっと。

石渡:必要なのは大きな仕組みじゃないし、アイデアひとつでできることはいろいろありますよね。編集的な感覚でまちから何かすくい取ったりすることや、「これ面白い」ってワイワイ言い合ったりすることも、大事な能力なんだと思います。

(写真:石井孝典)

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