column 2009.2.24
 

リノベーション天国のススメ

安田洋平(東京R不動産/Antenna inc.)
 

天井、壁、床、自分で思い描いたとおりにできればどんなに良いだろう。このビルでは入居前に聞かれるのだ。「どんな内装にしたいですか?」。そこでは誰もが思い思いの部屋にカスタマイズして暮らしている。

東京R不動産の本にも掲載されている名物物件です。本の中身の一部は こちらからご覧いただけます。

Oさんの部屋 撮影:平野 愛( FLAT-FILED.NET)

Banana Spiritsさん、上田律幸さん、SMILE CRAFTさんが 共同で借りているオフィス 撮影:編集部

カスタマイズできる賃貸

「海外で暮らしていたときのように、自由に部屋をつくれる物件を探していた」。そんなときにOさんが出会ったのが、この物件だった。

なかなかこういう物件はない。「スケルトン貸し」で、自由に内装を選べる仕組み。床は、壁は、天井は――。オーナーさんが、最初にサンプルを提示してくれ、そのなかから選んで決めることができる。そればかりか、その中から気に入るものがなければ「あらかじめ設定している内装費の範囲内であれば、こちらで費用負担しますし、それを越えるならばその分は自分で支払えば良いでしょう」。日頃日本の不動産に慣れ親しんだ身としては画期的な賃貸の仕組みなのだ。

結局、Oさんは壁は白く塗ってもらい、天井はNYのロフトなどでよく見かけるような、むきだしの状態に、床は白木の板を自前で張った。「会社の夏休みを利用してひとりでのんびり、1週間をかけて床を張りました。と言っても実はこれホームセンターで買ってきた 板材をカットして並べてあるだけなんですよ。それでも結構雰囲気出て見えますよね」。バスルームの壁も自分で、お気に入りの黄色に塗った。

ここの住人はみな自由な暮らしぶりを謳歌している。5階に仲間とオフィスとして借りているBanana Spiritsさん、上田律幸さん、SMILE CRAFTさんの場合。グラフィックデザイン(映画、CDジャケットほか)や洋服の企画などを仕事として行っているクリエイターたちが集まって事務所をシェアしている。それぞれの事務所移転が同じタイミングだったことから、共同で借りられるオフィスを探していて、この物件にいきあたった。「すごくいい仕組みだなと。他ではこういう賃貸のシステムを聞いたことがない」。壁は塗って渡してもらい、床はオーナーさんから相当分の内装費を渡してもらって、自分たちで業者発注して気に入った床材に仕上げた。「自分たちで材料は探して手配して、施工は床貼りの業者さんに頼みました。できるところまでは自分たちで行っているので、その分、費用も抑えられるし、仕事場に愛着がわいています」。

ロンドン留学から戻ってすぐここを借りたというassistantの場合は、向こうにいる時から東京R不動産HPをまめにチェックして、日本に戻ってすぐこの物件を見に来た。ロンドンのバートレット・スクールでアーキグラムのピーター・クックについて建築を学んだ後、現在東京で空間設計の仕事を行っている。社員は日本にいる3名に加え、ロンドン在住のコーディネイタースタッフ1名がおり、日本と海外の仕事をやりくりしているそうだ。彼らにしても自由な感覚の持ち主。特別な内装はしていないが、その代わり壁には「assistant」のロゴを大きくあしらった絵がペイントされている。「友人であるスウェーデン人のグラフィックデザイナーに描いてもらいました。出るときにはきちんと白く塗って返します」。この部屋はまるでNYのアーティストのアトリエみたいだ。
assistant http://www.withassistant.net

他にもいろんな住人の方がいる。デザイナー、カメラマン、映画監督、染色アーティスト、バイオリン職人…。使い方も、普通に住んでいる人もいれば、事務所、アトリエ、フォトスタジオ、などなどさまざまだ。

アトリエのようなassistantのオフィス 撮影:編集部

外観はNYのブルックリンにでもありそうな渋い雰囲気。 ここはかつて、現在の大河ドラマ『功名が辻』の 主人公・山内一豊の江戸御屋敷があった場所だったというエピソードも。 撮影:編集

ビルの歴史が刻まれて行く

ここは、かつては高級住宅だった。昭和39年に建てられた、この辺りでは最初につくられたマンションである。野球界の著名人や文化人が暮らしていたこともある。その頃は、各部屋に床の間がついた、旅館のようなつくりをした和室の2LDKだった。

一部事務所として、ワンルーム仕様に変えて貸し出したのが70年代後半。まだ「ワンルームに住む」という発想はなかった頃である。しかし事務所で募集したつもりが、海外から戻ったばかりというアパレルブランドの社長がここを見るなり気に入って住居として貸すことになったという。「こういう、広々とした空間なのがいい」

「今のようなスタイルになっていったのは、その頃から徐々にです。いつのまにか口コミで広がって、こういう部屋がいい、という人が集まってきて、またそうした人たちの声を聞いているうちに変ってきました。

うちは、業者のネットワークがあるから、こういう壁を塗ったり張る床を選べたりといったことができるのです。昔から馴染みの左官屋さんや大工の棟梁がいて、頼めばだいたいのことはできてしまう。お客さんも、壁の仕上がりを見て、あの部屋がこんなに綺麗になるとは、と驚かれますよ」

オーナーさんの姿勢は一貫している。
「私自身は昔ながらの大家ですよ。『できることはやってあげろ』、大家とはそういうもの、と父の代から言われてきて、それを守ってやっているに過ぎない。こうしたい、とお客さんが言うなら、こちらで出来ることであればやってあげよう、というつもりで今までずっと来ています」

自由な賃貸がここにある

先述のBanana Spiritsさんが言っていたこと。「ビルを上がっていくときに、窓から部屋が見えるのですが、ほんとうにいろんな種類の部屋があって、見るたびそれがすごくいいなと思う」

今回話を聞いたここの住人さんに共通していたのは、「他に移ることは考えてない。むしろ将来もう一部屋借りたい、というのが夢」。このマンションの人たちは本当に誰もが、のびのびと暮らしていて羨ましくなる。

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