江頭さんと「DOTEMA」

語り手:江頭豊さん

「目標や夢? いやあ特にないのかなあ」

1972年生まれの江頭豊さんは、少しとまどったような、困った顔をして、しばしの沈黙の後、こう答えた。すぐ横の線路から列車の通過音が耳に入る。手前のデスクでは2人が何やら熱心に相談を行い、カウンターには一心不乱に若者がノートパソコンに向かう。

京王井の頭線の池ノ上駅の南口を出て徒歩4分。都心ではあるが、各駅停車しか止まらない小さな駅のためか駅近だというのに商店はすぐになくなる。低層の住宅地の中に潜り込み、線路沿いの小道を進んだ奥に、突如、洗練されたデザインを持つ三階建ての濃いグレーのガルバリウム外壁の建物が出現する。

敷地入口にはBBQ向きの気持ちよさそうな木製のベンチとテーブル、パラソルが設置され、一見、フレンドリーでウェルカムな雰囲気がある。しかし敷地の入口に立って、建物を眺めるとまた印象が変わる。

奥まった建物の一階は看板が掲げられた大きな開口があるパブリックな印象だが、同じ建物の二階と三階には、洗濯物が干され個人宅のようだ。その西側に連結された一見小規模な集合住宅のようにも見える二階建ての真ん中に、並んで4,5人は座れそうな不相応に幅広な木製の外階段が主張をもって視界に飛び込んでくる。

開放的でありつつ、建物の醸し出す違和感と、線路横のどん詰まりという立地とがあいまって、アジトというか秘密基地というか、謎めいた都心の異空間に迷い込んだようにも感じられるのだ。

ここは、江頭さんが構想し、設計し、保有しているDOTEMAという名の空間である。コワーキングスペースと、4戸からなる賃貸アパート、そして江頭さんの自宅が入る。

東京R不動産の仲間から、都心住宅地の真ん中で、面白い場を保有・運営している人が池ノ上にいると聞いて、無理をいってアポを入れさせてもらった。

話を聞く日が来るのが楽しみで仕方なかった。取材の前には、建築デザイン、不動産有効活用、ビジネスモデル、地域コミュニティの話など、いろいろな角度からの質問をメモしていった。しかし、コワーキングスペースDOTEMAの奥にある4人がけのテーブルで、天井まで届く棚にぎっしりと詰め込まれた本やCDに囲まれながら、のんびりとした口調の江頭さんの話を聞き始めると、計算や大仰な戦略などからは生まれることがない、あたたかで、自然体の空間創造に魅了されていくことになった。

江頭さんは、福岡県郊外の出身である。横浜国立大学の建築系大学院を卒業すると、そのまま地元には戻らず、NTTファシリティーズという従業員5000人、売上高3000億円を超える大企業に就職する。建築という領域も、図面を引くことも大好きだったが、それを独立した建築家として自己表現の手段として勝負しようとは思わなかった。むしろ建築という領域に対し、堅実な職業として関わり続けたいという志向を持っていたからだ。

職場では大規模病院など医療関係の建築を専門とした。その仕事内容は入社前に考えた通り、江頭さんの性格や志向に合っていて、夢中になって働く中であっという間に年月が過ぎたという。その職場で、その後家庭を一緒に作ることとなる女性と出会い、32歳となる2004年に結婚を決意する。

そして結婚と同時に、池ノ上にある線路横の袋小路の築32年の古家を割安で購入した。

「いやあ、その時の自分の年齢と同じ築年だったことに何かの縁を感じて」

そう笑うが、渋谷や新宿にも近く便利でありながら、新旧様々な圧迫感のない住宅が並び、数こそ多くはないが、個性的な飲食店が徒歩圏内に軒を並べる街並みに心惹かれての決断だった。

仙台への数年の転勤などを挟みつつも10年あまり住んで地域に馴染み、2人の子供にも恵まれ、池ノ上を心からの自分の居場所だと感じられるようになってきた45歳となった2017年、江頭さん自身も考えもしなかった形で大きくその築古の戸建は形を変えることになる。

不動産の世界には「隣地は借金してでも買え」という言葉があるが、住み始めて数年たった頃から江頭さんは、隣地の古びた木造アパートが空き家となり、荒れ始めていることが気になっていた。

接道間口が2m未満の”再建築不可”物件であったため、基本的に建て替えができないし、それゆえに土地として売るのも難しい。一戸建てならフルリノベなどのやりようもあるが、古い木造アパートではそれも難しい。建築業界に身を置く江頭さんにはそのことの意味をすぐに理解することができた。

しかし江頭さんの土地と合体させれば、この隣の土地も接道することになり、話は変わってくる。その意味では、隣地を価値ある土地として活用することができるのは、隣地の地権者である江頭さんだけだ。隣地を買い取ってもいいかもしれない、とぼんやりと考え始めた江頭さんが、腹を決めて話を進めはじめたのは、会社での役割の変化に伴ってのことだった。

仕事はとても好きだった。様々な勘案すべき要素を、自分の持つ専門的な知識と頭の中で組み合わせ、それを図面という形に落とし込んでいく。その図面を元にして、大きな、地域医療や教育に長きに渡って貢献していく建物が建つ。やりがいもあったし、社風や待遇にも満足していた。

しかし、入社して20年近くがたつ中で、自然と仕事内容は部下の指導やマネジメントが主なものとなり、自分が主体的にプロジェクトや建築そのものに関わることが少なくなりつつあった。そういった新しい役割に喜びを感じる人も多くいるだろうが、江頭さんは違った。管理職の仕事などちっともやりたくなかったのだ。こうして独立を意識するようになった。

「独立にあたって、自信というか目算がなかった訳ではないですが、家族もいるし、最低限の生活を支えるようなベーシックインカムが欲しかったんですよ」

江頭さんは言う。それが「隣地の買収と賃貸併用住宅への立て替え」というアイデアにつながることになる。接道問題から江頭さん以外は買いにくい土地であるから有利な交渉が可能なこと、アクセスがよいため単身者向けアパートの家賃相場が高いエリアであること、自宅割合を50%超にすれば住宅ローンで使える金利や固定資産税で優遇を受けられること。これらの条件を頭の中で組み合わせることで、次第に、構想は形になっていった。

こうして考えを深めていった江頭さんにとって、隣地取得による新しい建物を建てるにあたって、自宅と賃貸アパート経営(ベーシックインカム)に加え、コワーキングスペースという3つ目のコンセプトを組み入れることは自然のなりゆきだった。独立に伴って必要となる自身の仕事スペースを1人で閉じこもらない形で欲しかったこともあるが、それ以上に、地域の人が自由に訪れてくるような空間にしたかったのだ。

江頭さんの福岡の実家は、現在も営業を続ける米屋である。住宅地に根付いた小さな商店で、毎日、地域の住民たちが米を買いに訪れ、父や母と世間話をしていく。日頃から「人がたくさん来る家は栄える」という言葉を大切にし、家族皆で、お客さんや、ふらっと訪れる近所の人をもてなす家風があった。小さい頃、だいたい誰かが自宅併設の店舗に居て、そこに開かれるように家の居間もあった。

江頭さんにとって、自宅の居間でくつろぐことは、そのまま近所の人たちとコミュニケーションをとることでもあり、商売上の接客を超えて、他人と一緒の時間と空間を楽しむことが当たり前の感覚だったのだ。自身の二人の子どもが小学生になり物心ついてきた今、同じような地域と共に生きる感覚を持ってほしいと感じたのは自然なことなのかもしれない。

このように、隣地をリーズナブルな条件で譲り受けるチャンスや、自身の独立タイミングで必要となる作業場の必要性、収益性の高い賃貸不動産が成立する地域性、さらには子供の成長に多くの大人と関係性を持つ場への希望など、幾重にも渡る思惑やタイミングが重なって実現したのがDOTEMAということになる。

敷地も延床面積も192㎡。都心の住宅として考えれば大ぶりだが、商業建築としてみた場合にはかなりこじんまりとしている。だが、その小ささゆえの難しさを楽しむように、各空間を一部は区切り、一部は共有し、空間として多面的な顔が同時に成立するように巧妙に設計されている。

そして、小さいながらも、その違う顔が重なり合ったときに、相互作用や相乗効果が生まれる。賃貸の住民同士でBBQをする、地域の人たちがコワーキングスペースを使う、家族とメンバーとの交流。

また、オーバーラップしながらも、それぞれの空間は時間によって性格を変える。例えば、コワーキングスペースのキッチンや小上がりスペースは、朝は江頭家の朝食の場となるが、オフィスアワーの9時から18時はパブリックなコワーキングスペースとなり、18時を過ぎればまた家族団らんの場所に戻る。

コワーキングスペースは江頭さん自身の日々の仕事場でもある。普段は江頭さんが場を管理するが、明確なオーナーとメンバーという区切りはなく、不在時には気軽にメンバーに留守番を頼める関係性がある。江頭さんの家族も、メンバーの皆と仲が良い。緩やかに互いが互いを助け合い、空間を皆で共有する。

そして同時に、様々な顔は、それぞれ独立したパッケージとしても考え抜かれている。自宅としての住み心地、賃貸アパートの間取りや家賃、スペース利用者への料金プランなど。細かくあげればきりがないが、1つ1つの顔をそれはそれとして付近の競合や代替物に対しての競争力を持った形で仕上げたうえで、改めてコンパクトな空間に詰め込んでいるように感じる。

そしてその相互作用や相乗効果によってDOTEMAは唯一無二の場所になる。

さて、DOTEMAの賃貸アパートにはどんな人が住んでいるのだろうか。募集開始以来、入れ替わりは激しくはないが、映画ディレクター、IT技術者、公務員など年齢も職業も様々な人がそこに住んできた。一番最初の4部屋のうち3部屋は池ノ上の江頭さん行きつけの店の飲み友達経由で、募集するまでもなく決まったという。

ちなみに残りの1部屋と、それ以降の稀に起こる新住人募集で、江頭さんは東京R不動産を利用してくれている。その理由を聞いてみた。

「各部屋に土間があるというこだわりなど、場としての特殊性を、他の不動産屋はマイナスにとらえ、頭から家賃を下げるしかないという姿勢でした。でもR不動産は、最初からとても面白がって募集をかけてくれた。実際、その後空室が出ても、だいたい1週間もしないうちに決まります」

なるほど。そんなにすぐ決まるなら、むしろ家賃をあげた方がいいのでは?という意地悪な質問をしてみた。

「担当の緒方さんは、むしろもっと賃料を上げても大丈夫とまで言ってくれて、実際、多少の値上げはしました。ただ、沢山儲けたいわけではないし、このアパートを理解し、評価してくれる不動産屋さんがいて、借りてくれる方がいることが、とってもありがたい」

確かに、コワーキングスペースの料金も周辺に比べ、明らかに良心的であり、ある意味での競争力がある。だから部屋も埋まるし、コワーキングスペースも皆が利用する。

いろいろな要素が緻密に計算されているようでいて、同時に、収益目標も効率性も追求していないのんびりとした自然体の感覚。それがDOTEMAなのだ。

「手を加えすぎたり、決めつけすぎるのは嫌なんです。街の風景として肩肘はらずのんびりとやっていきたい」

と江頭さんは笑う。

こうして2時間のインタビューが終わった。自宅、アパート、コワーキングスペースを丁寧に案内してもらい、各空間の居心地の良さを僅かながらも感じ取ることができた。

インタビューで江頭さんに質問すると、聞かれたことを良く考えて、ゆっくりと自身の言葉を紡いだ回答が返ってくる。が、自身から積極的にアピールすることは皆無である。万事控え目で、何か信念があるとか、理想像に近づいていきたいといった意気込みは(失礼ながら)まったく感じられない。

それでも、いや、だからこそ、DOTEMAという良い意味での力が抜けた居心地の良い空間が、この池ノ上という地に成立しているのかもしれない。

さて、ここからは東京R不動産を長きに渡って運営してきた僕たちの、ある意味で手前勝手な解釈になる。

江頭さんは知性的な人だ。

意識的・無意識的に様々な要素を把握し、コントロールしている。建築や不動産はもちろん、税務や周辺相場など実務的な側面や経営をしっかり抑えているのと同時に、自身の人生における家族の形や子供の教育のあるべき姿を考えている。その上で、そこで生まれる人間関係の性質や心地よさといった自分の中で自然に生じる感覚的な価値をとても大切にしている。

そして驚くべきことに、この複雑な状況や希望や感覚を、整理されたダイアグラム(図示・モデル)にやすやすと落とし込み、具体的な建築という形に結晶化させている。

僕たちは、建築=アーキテクトの本質はインテグレート(統合)だと考えている。そう、それは、まさに江頭さんが自然体でやってのけていることだ。

多くの有名建築家のように、それぞれのデザインボキャブラリーを駆使しながら強い表現やメッセージを生み出そうとするアプローチとは違う。その意味では、江頭さんは自己主張の強い建築家ではない。けれども、自分のつくりたい状況やシーンに向けて、様々な制約やルールをクリエイティブの力で乗り越え、あるいは取り込みながら柔軟に空間に落とし込んでいく力は、まさにアーキテクトならではのプロの技である、と心から感じる。

日本の街の空間は分断的で、単発ごとの最適化の積み重ねでできている。相互関係のデザイン、全体最適などの視点が決定的に欠けるし、それらが生まれにくいルールの上で風景がつくられていく。それが日本の街であり、あえて強い言葉で言うなら、合成の誤謬のなれの果てであるとすら思う。

人々が孤独化しつつある社会背景がある中で、池ノ上の江頭さんのDOTEMAで起こっていること、起こしたことは一つのヒントになるのではないだろうか。確かにまだ一つの「点」ではある。しかし、そのような点をつないでいくことがミクロに少しずつ連鎖し、それが方法論としてマクロに広がっていけば、街は再び”街の意味”を持つようになりえるのではないか。江頭さんとの会話で、そんな希望を感じることができたのだった。

東京R不動産は、これまで十人十色な大家さん、そして借主さんとお付き合いさせていただいてきたが、あえて共通する資質をあげるならば、江頭さんのように柔軟で自然体でありながら、知性にあふれ実務に長け、自分なりの価値観と思考を持っている方が多いように感じている。

そのようなお客さまから僕たちはたくさんのことを学んできたし、これからもそういったお客さまに喜んでいただけるようなサービスを提供していきたいと願っている。

今回を第1回として始まった、この「R不動産ストーリー」というコラムは、そういった僕たち自身のお客さまからの学びを喜んでもらえる形で共有していくための試みです。

試行錯誤しながら進みそうですが、暖かく見守っていただければ。

語り手:江頭豊さん
DOTEMA:https://dotema.com/

取材・構成:渡辺 雅之 / 写真:阿部 健二郎

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