日本中にたくさんある空き家を“宿”に変えて活用できないだろうか?
その可能性を検証すべく実験台に選ばれたのは、東京R不動産のディレクター・馬場の家でした。偶然か必然か、またしても渦の中へと巻き込まれていく馬場。
今回は、建物の用途変更や保健所への申請など、家を宿に変えるための手続きをレポートします。
(illustration=東海林巨樹) 「新しい宿泊」への妄想が始まる
2014年の春、R不動産でまた新しい企画が持ち上がった。今度は「宿」である。
今、多くの地方都市では増加する空き家が問題となっている。
福岡や金沢、神戸などの地方R不動産には、行政からも個人からも、この「空き家問題」をなんとかできないかという相談が来るようになった。
一方、東京では「Airbnb」がにわかに活気づき始めた時期で、R不動産の物件でもそれができないかという相談がちらほら舞い込むようになっていた。
Airbnbは素晴らしいアイデアだし、僕としては世界の都市と同じように、東京でももっと自由で多様な宿泊形態が試されればいいと思っている。でも安全への意識が強く、他者がプライベートに介入してくることに対してナーバスな国民性。Airbnbに対しては慎重になる姿勢も分からないではない。もしかするとささやかれているように、業界団体の圧力などもあるのかもしれない……。
そのような大人の事情は分からないが、面白い領域には突っ込んで行こうとするR不動産のメンバーたちは、会議で新しい宿泊についての妄想を膨らませていた。
千葉県の一宮にあるこの家が実験台に選ばれ、住宅から宿泊施設へと変わった。(撮影:阿野太一) 僕の家が実験台に
「どっかに実験できるような家、ないかな?」
「東京じゃ難しいだろう。役所も厳しいし、用途地域の問題もある。住宅の用途制限がかかっているところで、宿は無理だよなぁ。ちょっとした郊外のゆるいところに、あんまり使ってない空き家とかないかな?」
こんな話をしているとき、誰かがふとつぶやいた。
「房総の馬場さんち、今どんな感じですか?」
みんなが一斉に僕の方を見た。
「えっ?」
まさか僕のところにお鉢が回ってくると思わなかった。
確かに別荘化していて、使用頻度は低い。オーナーは自分なので自由度は高い。
僕の事務所Open Aではたくさんの建物でリノベーションや用途変更をしてきたので、法的にも技術的にも相談するのにはうってつけだ。何かあったとしても、そのリスクは僕が取ればいい。最も身近でお手軽だ。冷静に考えると、みんなの判断は極めて合理的に思えてきた。
というわけで、空き家を(僕の家は空き家じゃないけど)宿泊施設へと用途変更する練習を、自分の家で行うことになった。しょせん、僕の人生なんて実験台みたいなもんだ。
左が建物の用途変更を行った「確認済証」、右が保健所からの「旅館業営業許可証」 役所との調整プロセス
馬場家にとっては、家を宿に変えることは大事件であるが、Open Aという設計事務所にとってはルーティーンである。スタッフは淡々と業務を遂行していく。
まず建築基準法をチェック。
僕の家は延床面積が100平米を超えているので用途変更のための確認申請が必要だった。
ちなみに、宿泊施設にする部分が100平米以下だとその必要はない。また建物は田舎にあるので都市計画上の用途地域は「無指定」。もしそれが住居専用地域だと宿泊施設への用途変更は難しい。 建築基準法上の手続きは、なんとかクリアできそうだ。
確認申請書類をそろえ、最寄りの民間確認検査機関に提出。
その6日後には確認済証が交付された。これで建築基準法上の用途変更は完了。
次は消防法。
僕の家は平家で、東西南北4方向に避難経路がある。そのプランはちょっと変わっているが、少なくとも避難にはうってつけの建物だった。よって避難口を示すための誘導灯の設置は免除。要所に消火器を置くとか、室内の布を防炎性能があるものにするといった、小さな変更で大丈夫そうだった。
図面を持って所轄の消防署を訪ねて、この解釈で良いかの相談を行った。
必要書類を提出すると。消防の人がやってきて、消火器1本が置いてあることを確認してくれた。
最後に保健所。
旅館業法は保健所の管轄下にある。一般的にここが最難関だと思っていた。特に都心部ではここが厳しいというウワサが業界に流れている。僕たちは慎重に事を進めた。しかし、建築基準法と消防署の書類がそろっていたので拍子抜けするほどあっさりクリアできた。
保健所の人がやってきて浄化槽の様子やベッド、キッチンの衛生面などを確認後、「簡易宿所」としての営業許可証が交付された。
こうして、僕の家は法的に正式な「宿泊施設」となった。
現在、僕らが運営している「HOWSTAY」というサイトを通して予約を行い、宿泊することができる。
房総の馬場家(HOWSTAY)
これは小さな実験ではあったが、それによって日本中にあるたくさんの空き家を“宿”へ変えるという可能性が確認できた。きっとこのことは、地方都市の空き家問題に対する何らかのヒントになるのではないか。そんなアイデアが、この実験を通して湧いてきた。
そこでR不動産ではこの方法を一般化すべく、他の物件や街でさらなる試行を始めた。
次回は、そんな事例をレポートしながら、地方都市の空き家を活用した宿づくりの可能性や、新しい雇用・観光ニーズの掘り起こし、さらには移住促進などについて考えてみたいと思う。