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column 2015.5.29
 
【連載】最前線レポート! 規制緩和とリノベーション
第1回 建築基準法に阻まれる古ビルの再生
馬場正尊(東京R不動産/Open A)
 

国土交通省に殴り込み!?
いつになく、思い詰めた語り口で始まる新連載。
建築家 馬場正尊が、法律や制度と、現実との間に潜むひずみを体当たりでレポート。建物から街、そして公共空間まで。楽しく、有効に生かすための規制緩和について考えていきます。

(illustration=東海林巨樹)

僕が「国土交通省に殴り込みに行かなければならない」、と思うまで追い詰められたのにはそれなりの理由がある。

リノベーションをやっていると、たくさんの法的な壁にぶち当たる。日本はずっと新築至上主義だったので、リノベーションが立法の前提になっていなかった。それは人口が急増し、とにかく建物を建てて都市を拡大させなければならなかった時代につくられた法律たちなので、無理もない。

でも今や、日本の状況は変化し、既存建築を利用せざるを得ない時代に突入している。現実とルールとの間に、ギャップが生じているのだ。にもかかわらず、規制緩和はなかなか進まない。僕らは日々悶々とした気持ちで、禅問答のような役所との調整や、おそらく二度と誰も見ないであろう“言い訳のための書類”を膨大に作らされている。

街には、リノベーションによってかっこよく、美しく、楽しく変えられる建物がたくさんある。しかし、ちょっとした制度の不備によって、僕らはそれに手出しができない。

規制緩和を行う時は今だ。
このタイミングを逃すと、日本のリノベーション・カルチャーの成熟はさらにまた10年遅れてしまう……。そう思った僕は、やむにやまれぬ気持ちで突っ込んでいってしまった。 1円の稼ぎにもならないのに。そして今後、国土交通省ににらまれてしまうかもしれないのに。

果たしてこの連載を書き終えるまで、僕は建築業界にいることができるだろうか。

まずは、問題意識が鎌首をもたげるきっかけともなった、あるプロジェクトから書き始めたい。

何の変哲もないペンシルビルをリノベーションで再生。「選択と集中のデザイン」で、古い部分と新しくした部分のコントラストを見せる。

岩本町の古いビルを再生する

空室の目立つ中古のビルを丸ごと借りて、それを企画とデザインで再生しようというプロジェクトが始まった。その第1号物件として完成したのが、この「ザ・パークレックス岩本町ビル」だ。

千代田区岩本町にある築41年、延べ床面積387平米、RC造6階建ての建物。発見当時は完全な空室状態だった。

これを「三菱地所レジデンス」が一棟丸ごと借り、僕らがデザインとリーシングを担当する。一見シンプルなプロジェクトのようだが、実は完成に至るまでには様々な紆余曲折があった。

リノベーション後、1、2階は FRANKLIN TAILORED(フランクリンテーラー)というアパレルブランドのショップになった。

住居へのコンバージョンを断念

事業主は三菱地所“レジデンス”。
本来ならば、このオフィスビルは丸ごとレジデンス、つまり住居へとコンバージョンしたかった。しかし千代田区との度重なる調整の結果、それはどうしても不可能だということになった。古い建物の用途変更には、建築基準法上の様々な制限がかかってくる。

建築基準法は戦後5年目の昭和25年、焼け野原にひたすら建物を建てていく時代に制定された。だから新築が前提の法律である。それから65年経った今、既存建築のストックを活用せざるを得ない時代が到来したが、もちろん当時はそんな先のことなど考えていなかった。時代の要請の変化と、古い法律の間にはひずみがあって、設計の現場では至る所で不都合が生じている。このプロジェクトでも、もろにその壁にぶち当たった。オフィスを住居にコンバージョンできない。
結局、住居にすることができたのは、1フロアだけだった。

丸の内からも歩けるこの場所に、リノベーションされたラフな雰囲気の住居がもっとあれば、僕らの都心居住も変わるのに……。

辛うじてできた1フロアだけの住居区画。

耐震補強の“壁”

この時代のビル、正確に言うと1981年(昭和56年)以前のビルは、現行と異なる耐震基準によって建てられている。それは1981年に建築基準法が改正され、新築の建物に必要とされる耐震性能基準が大きく変わったからだ。

それ以前に建った建物は、昔の耐震基準のままで使うことを法的に認められているので、必ずしも耐震補強をする必要はないのだが、コンプライアンスの厳しい大企業の場合は、そういうわけにもいかなかった。

耐震補強をするとゴツい壁を造ることになり、しばしば使い勝手やデザインに大きな影響が出る。この建物の場合も例外ではなく大げさな構造壁が、よりによって1、2階の正面に必要なことが分かった。これでは建物の顔が台無しになってしまう……。

僕らは頭を抱えた。
しかし、そこで思い至ったのが開き直りである。ゴツく邪魔な耐震壁を、存在感のある壁としてデザインすることにした。コンクリートの塊を真っ白く塗ることにより、その存在感を街にアピールする。壁の真ん中には深い穴のようなエントランスが生まれ、見方によってはその向こうに何かがあるような不思議な気配を醸し出す。

それが功を奏したのか1、2階のメゾネットには知る人ぞ知るアパレルブランドがショップとして入ってくれた。

耐震補強によって分厚い壁になってしまった1、2階の正面。右が改装前。

他にも様々な紆余曲折を経て、完全に空室だったこのビルは生まれ変わった。そして僕らはこれを皮切りに、いくつもの「一棟丸ごと再生プロジェクト」を進めている。

正直、そんなに儲かるプロジェクトではないけれども、こうすることでしか再生できない何の変哲もないペンシルビルが、アパレルやスタジオ住居の混在する、カルチャー色の強いビルになった事は、エリアにとっても大きな意味を持つだろう。

老舗和食屋のような雰囲気だが、格子戸を開ければそこはアパレルのショップ。深い穴のような入り口が、遊び心でうまく生かされている。

次回は、ここで問題にした建築基準法における用途変更について、もう一歩踏み込んで触れてみようと思う。

ストックを活用するしかないといわれるこの時代に、あまりにも不合理な現状の法制度を変えようと、僕は国土交通省に殴り込みに行ってしまった(笑)。

そして、当時の国土交通省副大臣 鶴保庸介氏はじめ、審議官から関係各局の課長までが集まり大激論が繰り広げられたので、その時の様子をレポートしたい。

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