column
2025.3.14
街を楽しくする
【連載】

高円寺アパートメント物語 vol.1

馬場正尊(東京R不動産)
 

住まい手が豊かな日常を育んでいる高円寺アパートメント。2025年5月下旬には隣の敷地に高円寺アパートメント2.0が誕生します。これを新たな節目として、高円寺アパートメントの歩みとこれからをつづる連載コラムを、担当者がリレー形式でお届け。初回は東京R不動産の馬場正尊がプロジェクトを振り返りながら、この場所が生み出すライフスタイルについて考えていきます。

街を家の延長として考えてみる

ちょっと想像してみてほしい。
休日に目が覚めて、パジャマみたいなラフな格好で降りていけば、下のカフェでおいしいスイーツやコーヒーにありつけたり。
家でオンラインミーティングをする合間に、目の前にある公園のような芝生庭でぼんやりとたたずんでみたり。
夕刻には下の店でご飯を食べながら、近所の住人とちょっと雑談したり。

都市でコンパクトに暮らしながら、街や周辺環境をまるで拡張した自分の家のような感覚で使いこなす。
プライベートはしっかり確保した上で、街に降りて行けば、家の機能が周辺に散らばり、ネットワークしているような。
それが都市に暮らす便利さであり、醍醐味でもあると思っていた。

高円寺アパートメントは、その心地よい距離感を集合住宅、そしてエリアに展開したプロジェクト。

高円寺アパートメントとの出会い

ことの始まりは2016年、高円寺と阿佐ヶ谷の中間あたり、中央線沿いに立っていたJRの社員寮を社員以外の人々に賃貸したい、というジェイアール東日本都市開発からの依頼があったことだ。

高円寺という街は大好きだし、若い頃にはそこで仕事をしたこともあったので、思い入れもある。
さっそく現地を見に行った。
立地は抜群。なんと高円寺駅から中央線の高架下を通れば、ほとんど雨に濡れずにたどり着くことができる。しかも道中には高円寺らしいちっちゃな店が軒を連ねていて、ついはしご酒したくなるようなストリートだ。

そして、たどり着いたのがこんな風景。

築50年ほどの団地スタイルの住宅は、R不動産的には味があってチャーミング。ただ、敷地と街を分断する、この拒絶の壁には納得できない。

「この壁、ぶっ壊していいですか?」
「えー!!」

という会話から、このプロジェクトは始まった。

ちなみに、その2年後には、こんな風景が広がることになる。

駐車場だった場所が小さな広場になり、グランドレベルの住居はいろんな店舗になり、1階のベランダだったところはデッキになって、広場に、そして街へとつながった。
ここに住めば、自分の家のいろんな機能を、下の階や周辺に分散することができる。アパートメント全体が広義の家のようなもの。

では、それはどうやって、できあがっていったのか?

新しい時代のネイバーフッド

いつの頃からだろうか。住居は住居、仕事は仕事、商売は商売、と時間は区別され、空間もバラバラになった。その考え方が生んだ究極の概念が「ベッドタウン」、つまりは寝るための街。改めて見ると、すごい単語だ。究極の単機能都市。

でも今、それらの境界は曖昧になっている。都心居住が進み、居住と仕事の物理的距離は近くなった。コロナ禍がそれをさらに加速させ、居住の隙間の時間に仕事が紛れるようになってきた。社会は変化し、在宅勤務や副業に対して寛容になってきた。積極的に生活と暮らしを融合させながら、自分で自分の時間をコントロールできる人々が増えている。

商いも変化している。暮らしの身近なところに、ちょっとした飲食や店舗があって、家を中心とした生活圏の大切さや心地よさに、僕らは改めて気が付いてしまった。
何でも揃う大きな商業も良いけれど、身近な小さな商いも、いざという時に頼りになる。小さな商いのネットワークに囲まれた、心地よい近隣。かといって、かつての村のような近所付き合いほどべったりとはせず、もっと気楽でドライ、伸縮性と選択性を持った新しいネイバーフッド。
高円寺アパートメントでイメージしたのは、そんな場所だった。2016年頃の当時は、ちょっと新しく、斬新だったと言えるのかもしれない。

暮らしの中にノイズを入れる

高円寺アパートメントには、住居の中にいろんなノイズを積極的に入れてみることにした。

例えば、グランドレベルの店舗付き住居。ベランダ側を開いて、デッキで目の前にできたオープンスペースにつないでいる。広場に面した小さな店舗、ということになる。奥には、ちゃんと水回りもベッドルームも用意されているので、普通の生活には事欠かない。
暮らしながら、小さな商いができるのだ。

また、上のフロアには、土間付きの住居もある。なんとなく外と内の中間領域。だからここは植物とか自転車のような屋外性の高いものが並んでいたり、家の中の仕事場になっていたり、純粋な暮らしからは少しはみ出た機能を許容する。

自分の家とは別に、気分を変えられるワークスペースや趣味の部屋を借りようとすると、さすがにもったいないし距離もできる。だとするならば、コンパクトにまとめてしまえ。暮らしの中にこんなノイズが入ることで、生活は一気に多様になる。

高円寺アパートメントは賃貸住宅だから、ずっとここに住み続けるわけではないかもしれない(もちろん、ずっと住んでもらえるのが嬉しいけど)。ただ、人生のある時期に「ここに圧倒的に住んでみたい!」「今の暮らしをちょっとだけ揺さぶって、新たな楽しさを見つけてみたい」、そんな思いを持つ人々をイメージした。

自分の家の機能が、街や周辺に散らばったり、逆に仕事や商いのようなノイズが適度に暮らしの中にある。
近代がバラバラにした生活を、再びゆるやかに融合するような。それが高円寺アパートメントで実現しようとした暮らしだった。

高円寺アパートメント2.0

高円寺アパートメントができて、もうすぐ8年。その風景は、ずいぶん街に定着した。R不動産の歴史の中でも人気の物件だし、今でも楽しい人々の、彩りある生活の場になっていると思う。

そんなとき、この暮らしをさらに広げてゆくチャンスがやってきた。「すぐ隣の敷地で、新築の高円寺アパートメントをやってみないか」という話が、再びジェイアール東日本都市開発からあったのだ。

これまでのコンセプトは継承しながら、より多様に、より気楽にコミットできるような場。
グランドレベルは高円寺アパートメント1.0と緩やかにつながり、カフェやシェアラウンジがある。また、住居とつながった小さな店も用意されている。ただし、メゾネットになっていて、居住とのグラデーションをちょっと強めてみたりという、1.0との違いもある。
上のフロアには、シングルからファミリーまで、間取りのバリエーションを増やしてみたり、住人共有の眺めの良い空間をつくり、居場所のバリエーションを増やしたりしている。

2つをつなぐ「女将」の存在

隣同士にある1.0と2.0をつなぐことになるのが、「女将(おかみ)」の存在である。

『めぞん一刻』をご存知だろうか。若い世代にはキョトン?かもしれないが、それは昭和を代表する有名な漫画。そのストーリーに欠かせないのが「管理人さん」。
入居者たちが憧れるミステリアスな未亡人である。この漫画の賃貸物件は、彼女の独特な存在によってストーリーが展開していく。

実は高円寺アパートメントにも、そんな女性がいる。
彼女は管理人さんではなく「女将」と呼ばれている。
その漫画とはキャラクターや状況もちょっと違っているけど、高円寺アパートメントに欠かせない存在。

このちょっと変わった高円寺アパートメントの住人たちや地域、そしてオーナーであるジェイアール東日本都市開発という企業を、緩やかにつないでいる。
また、高円寺アパートメント1.0、そして2.0、それを取り囲むパブリックスペースをまとまった空間として捉えさせてくれるのが「女将」の存在であると思う。

今までの集合住宅にも、管理人や自治会のように建物やコミュニティーの面倒をみるような役割は確かにあった。ただそれはハードだけをみるドライなものであったり、逆に関わってしまうと息苦しかったり、なんだか極端な仕組みだったような気がする。

もうちょっと気配りがあって、でも脱着可能で、いざという時に、なんとなく頼りになったり、情報や人付き合いの結節点になってくれるような存在だ。
高級マンションの管理人さんとはちょっと違って、もう少しポップでクリエイティブ。

「女将」の存在は、集合住宅の「管理」ではなく、「運営」の可能性を示している。適度で心地よいネイバーフッドには、その空気感を、秩序や思いやりを持って保ってくれる人の存在が重要であると、この物件を通して改めて感じることができた。

「女将」については、今後の連載で、その姿がちょっとずつ明らかになってくると思う。

パートナーシップでできた空間

高円寺アパートメントでは、なぜ、このような新たなチャレンジが可能だったのか?

それは、ジェイアール東日本都市開発とR不動産グループとが企画・設計から、賃貸募集、その後の運営に至るまで、一貫したパートナーシップでつくってきたことにある。だからこそ可能になったトライアルが数多くある。

駐車場を街に開いた広場にしたり、職住一体の住居をつくったり、ベランダをぶっ壊してデッキにしたり、管理だけではなく運営の考え方を集合住宅に導入してみたり。あり得そうでなかった小さな工夫が、数多く試されている。
試行錯誤はありながら、どれも次の時代のライフスタイルを予感させることばかりだったと思う。

この連載では、高円寺アパートメントのこれまでを振り返りながら、新たに完成する2.0までつながった構想を伝えていきたい。これらは別々のプロジェクトではなく、まとまったストーリーとして捉えている。

小さな集合住宅が表現する風景が、周辺エリアに何をもたらし、どんな影響を与えているか。
またそれは、今の東京での暮らし方の可能性を広げることができるのか、考えてみたい。

次回のテーマは「暮らしとつながる小商い」。店舗付き住居が生み出すライフスタイルについて、住人や店主の声も聞きながら掘り下げていきたい。

高円寺アパートメント

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