


日本橋倉庫コンバージョン顛末記|契約編
倉庫やオフィスを住居に変えたいと思ったとしても、やはりそこにはたくさんの関門がある。もしも運良く最高の物件に出会ったとしても、その後には、給排水などの設備的な問題、空調の問題、改装コストの問題、物件の大家さんが果たしてそんな乱暴なことを納得してくれるかということ……。さまざまな困難が容易に予想できる。興味があるのは、それらはどのような方法でクリアしていったらいいのかということだ。
ここに書かれているのは、ある建築家兼編集者が、今回の特集の取材の途中、偶然にもすばらしい倉庫に出会い、そしてそれを住居にコンバージョンしようとするプロセスを追ったものだ。しかし、彼は無担保無保証人、おまけに金も無し。あらゆる悪条件を兼ね備えていた。
さて、顛末はいかなるものであったのか。その一部始終をお見せしよう……。

最初は取材のはずだった。都内のちょっとクセのある物件を紹介してくれると話題のNW houseの木村さんに「イチオシの物件に連れていってください」と気楽な気持ちでお願いした。そして紹介されたのが、日本橋三越前から徒歩3分のこの倉庫。東京駅からもすぐの場所。こんなところに、こんな物件があるのが不思議であった。

とにかく僕はこの倉庫を一目惚れした。理由は徹底的になにもなかったからだ。トイレも水道もない。窓もない。もちろん空調もない。純粋にただのコンクリートの箱である。間口3m、奥行き10mの2階建てで合計60?の小さな空間だ。家賃は10万円とこの立地にしては破格。気がつけばその場で「これ、僕が借ります」と、口走っていた。

しかし、すべての設備を自分でつくらなければならない。最初、そこを住居にしようと思った。自分が住んでもいい。誰かに貸してもいい。日本橋三越徒歩3分、20万円以上の価値があることは確実だ。改装費にお金がかかっても十分に投資する価値はある。しかも僕は建築家の端くれ。なんの変哲もない倉庫をドラスティックに住空間に変えてみたい。腕が鳴るってもんだ。

しかし、金がない。通帳を見ても涙が出てきそうな残高が表示されているだけだった。ラフな図面を描き積算をしてみたところ、軽く400万。諸費用を考えると500万円のプロジェクトだ。いつもはクライアントに平然と言ってのける数字も、いざ自分の懐から出ていくとなると、途方もない数字に見えてしまうのが情けない。

「金を借りるしかない」。そう決意した。がしかし、無担保無保証人の僕に、500万をポンッと貸してくれる銀行が果たしてあるのだろうか。まず僕の事務所のメインバンクの、某大手都市銀行に出向いた。「いちおう検討はしてみますが……」と言ってくれたが、表情は「わけわかんないな。そんなん無理だよ、面度くさっ」と、顔に書いてあった。

次は、知り合いの紹介で某地方銀行へ。いきなり支店長だ。僕は丁寧に事業計画書を説明した。コンバージョンや都心居住の可能性など、抽象的なことまで一席ぶった。感心させて煙に巻いてOKを取ろうという作戦だ。が、冷静な支店長は切り出した。「無担保無保証人では無理です。信用保証協会をご存知でしょうか?まずそこに入会してください」。初めて聞く名前だった。

そうか、そういう便利なところがあるんだ。そりゃそうだろう。さっそく次の日、信用保証協会とやらに行ってみる。そして事情を話した。そこでは○○○確認中○○○○○することによって、最大○○○○確認中○○○○の取引の保証人として立てることができる、というシステムになっていた。ここで無事に保証人(のようなもの)を立てることが、改装費用の算段がついた。

次は、倉庫を所有しているオーナーの説得である。最初「この倉庫を住居にしたい」と申し入れをしたとき、ギョっとされた。当たり前である。そもそも、ここは倉庫か屋根付き駐車場としてしか想定されていなかったのだから。もっとも驚かせてしまったのは、壁をブチ抜いて巨大な窓にしてしまっているところ。NW houseの木村さんが丁寧に説明してくれた。

そして「面談」という運びになった。「いったい、どんなやつがそんな酔狂なことを思いつくのか。顔を見てみないと、とても安心できねえ」というわけえだろう。その日、僕はスーツでキメてみた。ビフォー&アフターのパースも準備した。「おたくの倉庫はこう変わる!」感動させてやろうと思った。これをクリアすれば、晴れてこの倉庫を住居に変えることができる。

やっと許可が降りた。長かった。たった一つの倉庫を住居に変えるだけでも、そこには壮絶なドラマがある。新しい住空間を都心で実現しようとするならば、やはりそれなりの手順と工夫を積み重ねなければならない。しかし、だからこそ楽しいのだ。
ちなみに、このイラストと実在の人物とは、ずいぶん顔もかたちも違います。あしからず。
さてさて、これから工事が始まる。その経過もアップしていきます。
※ この記事は雑誌『TITLE』(文芸春秋)の「東京都心空室あり!」で発表されたものです。
後編はこちら
日本橋倉庫コンバージョン顛末記|ハード編

