2011.10.4 |
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力の抜けた感じで気楽に
何もガッツリ、フルリノベばかりが気持ちよく過ごすかたちの全部じゃない。今回はあえて気合をそんなに入れない感じでの物件の使い方を、お送りします。
今回は東神奈川の物件を取材しました(写真右に並ぶ家の3軒目)。横浜まで歩いても行けるが、この辺りは小さな家屋が並ぶ、どこかホッとするエリア。
築42年の古い木造一軒家をオフィスとして使っている。
2階。壁を塗り直し、ただ床板を新しく張っただけだがそれだけでも見え方はかなり変わってみえる。
「直して使えばいいと思っていたので」古くてボロくて構わない、でも広さ80平米賃料10万円以下の物件で、という条件のもと物件を探していたこちらのお客さん。
それで借りられたのがこちらの、82.8平米、賃料9万円台、場所は東神奈川、運河沿いにある2階建ての古い木造一軒家の賃貸物件だ。
1階は昔、釣り具屋だったそうで、玄関から入ったところがL字型の大きな土間になっている。運河が窓越しに見える2階は下宿として使われていたらしい。建った年は1968年、築42年とかなりの古さ。
実はここを借りたのは、住宅・事務所・店舗のリノベーションの施工を専門にしている「 ROOVICE(ルーヴィス)」という会社。リノベーションのプロだから、てっきりもっと手の込んだ改装がされているのではと思って取材に臨んだのだが、意外にそんなに何もしていないことに意表を突かれた。
ROOVICE(ルーヴィス)
(左)before(右)after 畳を外し、板を敷き、その上からタイルを貼っている。壁は全体的に塗り直した。
(左)before(右)after 仕事をしながら窓から運河。
1階の床はもともとの畳を外して代わりにベニヤを敷き、その上からさらにタイルを貼って仕上げた。凝った造作ではないが、タイルが空間のテクスチャーにメリハリを与えているのが印象的だ。2階はやはり床の畳を取り外して、こちらはシンプルに板を張っただけ。賃貸だから出るときには原状復帰しなければならない。1階も2階も、いざとなれば床板は簡単に外せてもとに戻せるように予め配慮はしてある。天井・壁は、大家さんから許諾を得たうえでペンキで白く綺麗に塗り直した。
物件に手を入れたのはそれぐらいだが、どこかこのラフさ加減が心地良い。鉄筋を板金屋さんに溶接してもらってつくったフレームに、カットした板を天板を載せただけの仕事机も、その机と組み合わせてある、Russel Wrightという、1940年代のアメリカのデザイナーもののヴィンテージチェアも、このザラッとした空間によく似合っている。
階段下の土間をデスクスペースに。日本家屋にアメリカのアンティークチェアを合わせている。
ROOVICE代表・福井信行さんいわく、「手をかけないでお金かけないで見え方がよくなればそれに越したことはないんじゃないか、という考え方です」
「ふだん会社で改装のご相談を受けていても、最初お客さんはやりたいことがたくさんあるんですよね。でもそれを全部叶えようとすると予算オーバーになってしまうことも少なくありません。でもそんなとき、よく見てみるとこの建具、元の感じも結構いいんじゃないですか? というお話をするんです。ちょっと視点を変えてみたら、という。たとえば和室がイヤで洋室に変えたいというお客さんは多いです。でもそもそもなぜ和室がイヤなのか? 日本人は和室を嫌い、洋間がいいと思っている傾向がある。でも海外の人からは和室がかっこいいと喜ばれるケースは少なくない。その視点の違いって何なのか」
予算をかけてリッチに仕上げていくのも楽しみの1つではある。だが、考え方を少し変えて、家の見え方が変わり、結果として改装予算も圧縮できて満足も得られるなら悪くない。変えてしまうことばかりがすべてではない。
"リノベーションの道具箱"と呼ばれるHP「R不動産toolbox」で提供しているサービスのひとつ「天井アゲ軍団」。彼らのミッションは1部屋でも多くの天井をあげること。アゲアゲ。
「もっと手軽にリノベーションしてみたい」「自分でできるところは自分で行って、少しずつ好みの部屋に変えていきたい」。そんな要望に応えるかたちで2010年から始まったR不動産のサービス、「R不動産toolbox」。自分でDIYしながら、できないところは専門の業者の手を借りましょう、というそのときどきに応じた使い分けを提案している。これはデザイナー、施工会社、個人の職人、メーカーといった、内装に関わる各分野のプロフェッショナルたちと連携しながら行われているサービスなのだが、こちらの施工会社・ROOVICEもそうした協力会社のひとつだ。
たとえば「天井アゲ軍団」という、天井を解体することで天井高を上げることに特化したサービスはもともと福井さんの提案によるもの。ここにも福井さんのスタンスがよく現れている。「天井を剥がすだけでも空間がよく見えたら、それだけでも全然いいじゃないですか」
ちょっと手を入れるだけでも家の見え方は「アガる」のだ。
ROOVICE代表・福井信行さん(右)。/ちゃぶ台を置いて話をすると自然にリラックス。戸建オフィスは文字通り家みたいで気持ちがくつろぎます。
代表の福井さんは施工会社を始める以前、20代前半のときにはインテリアショップに勤務し、アメリカの中古家具を仕入れる仕事を行っていた。そして実家は不動産屋だった。「家具は古いものを丁寧に直すと、かえって価値が高くなって買い手が見つかったりする。でも不動産は古くなるとどんどん家賃も下がって、建替えるかフルリフォームをかけるかして新品のように見せないとお客さんが付かない、と言われ続けてきた。なぜ家具で古さを価値として表現できて不動産でできないのか? ずっと疑問でした」
アメリカではまた、古い家を自分で直したり、時間や手間をかけて自分の家をつくったり、DIY文化が日本より身近だ。
「もちろん全部自分たちでというのは難しいと思いますし、できないところはサポートします。でも、自分たちでやろうと思えばやれるという余地を持てる点は中古物件を買う良さの1つです。そういうところを魅力に感じて、中古家の良さがもっと見直されると良いと思うんです」。ROOVICEでは床工事だけ、塗装だけ、キッチンだけ変えたい、といった部分的なお手伝いでも全然OKとのこと。
…などなど、さまざまなお話をお聞きしたが、このたびの取材は、終始、ちゃぶ台をみんなで囲み、あぐらをかきながらあたかも「茶飲み話」のように行われた。ふだんのお客さんとの打ち合わせや施工の相談も、このような雰囲気で行うことが多いのだという。「気張り過ぎず、できるだけ普段どおりの感じで仕事したいんですよね。家も働き方もラクな感じが一番好きなんですよ」
開けはなった玄関からは、路地の音が適度な雑音として気持ちよく聞こえている。