2023.11.27

 

あの薬学研究所、どうなった?|FUMIKA_UCHIDA

近藤風香(東京R不動産)
 

「中目黒」を条件に店舗物件を探していたアパレルブランド。しかし一目惚れしたのは、降り立ったことすらなかった「本郷三丁目」にある、元薬学研究所の物件でした。内田さんは「その立地で大丈夫?」という周囲の声をものともせず、「マーケティングよりフィーリング!」と、独自の感覚でお店を作り上げていきます。

ペパーミントグリーンの外観。窓の形が印象的

戦時中に建てられた、築80年の薬学研究所

東京大学本郷キャンパスから目と鼻の先。薬学研究所として1940年ごろ(約80年前)に建てられた古いビルが、交差点の角地に佇んでいます。

登録有形文化財に指定されているこの建物は、直線と曲線を組み合わせて重厚感を表現する「アール・デコ調」で建てられており、その姿はどこかヨーロッパの古い銀行や美術館を感じさせます。

さて、この歴史ある物件に空きが出た2018年の夏、東京R不動産で入居店舗の募集を開始。その結果、アパレルブランドの「FUMIKA_UCHIDA」が初の直営店舗を構えることになりました。

アパレル店舗、ましてや初の直営店となると中目黒や青山あたりの立地が考えられますが、「FUMIKA_UCHIDA」の内田文郁さんはなぜここでお店を始めることを決めたのでしょうか。

求めていたのは「内装に依存しない」物件

窓の奥に見える装飾や、中二階が取り壊された壁の跡など、歴史ある物件ならではの表情

内田さんは当初、ショップへの卸のみで「FUMIKA_UCHIDA」を展開していましたが、「世界観を表現できる場所がほしい」と感じ始め、直営店を持つべく物件探しをスタート。

「ずっと中目黒あたりで物件を探していました。元々携わっていたヴィンテージショップ『JANTIQUES』も自宅も中目黒にあって、人の属性や流れをよく分かっていたので」

しかし、中目黒のいくつかの物件に足を運んでも、見つかったのは「内装をつくり込めば素敵な空間になるだろうけど」という物件ばかりでした。

内田さんが求めていたのは、ブランドが変化していく中でも受け止めてくれるような、空間そのものに力がある物件。「内装ありきになる物件」だとそのイメージに合致せず、なかなか理想の物件に出会えずにいました。

大切な条件「中目黒」を上回る「絵力」に魅せられて

そんなある日、知り合いから「こういう面白いサイトがあるよ」と聞き、東京R不動産を知ることに。

「衝撃的でした。立地や状態で一般的にはネガティブとされる物件も、切り口を変えて魅力を伝えていて。文章もいい意味で日本らしくないというか素直なのもまた面白くて、こんなサイトや物件があるんだなと驚きました」

それ以来内田さんは東京R不動産を欠かさずチェックするようになり、「ぽっと出てきた」という物件「元薬学研究所にて」に出会います。

東京R不動産の物件担当スタッフ「この空間を生かしてくれるお店が入ってくれるだろうと楽しみにしていました」

物件のある場所は、中目黒ではなく「文京区本郷」。内田さんにとっては"想定外"どころか行ったことすらない街でしたが、物件のビジュアルや古さに惹かれて早速内見へ向かいました。

すると、窓の形状や階段などが醸し出す「時を経た物件の絵力」を強く感じることに。

どんな塗料や資材でも意図的には表現できない、時の経過によって醸し出される雰囲気

2Fの事務所。可愛らしい大きな窓から光が差し込みます(入居前)

「この物件なら凝った内装に頼らなくても、建物の雰囲気を生かしながら店づくりができそうだなと思って。中目黒からは離れることになるけれど、ここでお店をやるイメージが湧きました」

さらに内田さんは、このビルの2階も事務所として借りることに。古いので断熱材が入っておらず、夏は暑くて冬は寒い...という面もありますが、古さゆえの雰囲気ある空間で働けることをプラスだと感じてくれたようです。

「海外でよく見かけるように、古い建物をそのまま生かすのはやっぱり素敵だなと。いち個人店にこのような歴史ある建物を使わせていただけるなんて、とってもありがたいことです」

「その立地で大丈夫?」「マーケティングよりフィーリング!」

面するのは通行量の多い道路。信号待ちの人々がよく、窓から中を覗き込むのだそう

このビルのある文京区本郷は、東京大学のキャンパスがあり、医療の街・御茶ノ水にも近いアカデミックなエリア。中目黒や青山といった街とはまた違った立地への出店は、周囲に驚かれたようです。

「ビジネス視点を持つ周囲の人からは、『そこで大丈夫?』『この場所でいいかマーケティングしたの?』とよく聞かれて。でも、マーケティングだけを重視していたら多分、ここに店を出していないです(笑)」

そうして「自分は何事も実験タイプなので」と、感覚重視で本郷での出店を決めた内田さん。

「オープンしないと分からなかったことも沢山あります。意外とアパレル系の方々がこのエリアに住んでいたり、仕事の業界に関係なく服が好きな方がたくさんいたり。そして、年配の方々がブランド名ではなく『いい素材ねえ』と素材に惹かれて常連になってくださることも新発見でした」

受け継がれたビルは、「薬の研究所」から「服の研究所」へ

店内の内装は、働いている自分たちが新鮮な気持ちでいられるよう、「こうしたら面白いかな?」と配置や什器を変えるなどして常に変化を続けているそう。

「その時の内装に愛着も感じつつ、気になるところが生まれたらそれと向き合いつつ。研究所で行われていたのと同じで、まさに実験を繰り返している感じですね」

(有形文化財に指定されている建物でも、関連機関に届出を出せば改装や造作が可能です)

壁に塗ったペンキは「青みのない、チョークのような白」にこだわって調合。乾く前と後でも印象が変わるので、チェックしながら進めたのだそう

薬学研究所時代に実験機器があった跡で、壁沿いの床が黒く変化。その奥行きにハンガーラックがちょうどよく収まっています

白いサロペットの掛かったシャッターは、薬学研究所時代の「出入り口」。今では、掛けられた服を引き立てる「商品の額」に

試着室のカーテンは、洋服に使う生地をそのまま使用。天井が高いので長くなり、重さに耐えられるレールを特注

建物の価値を継承していく使命感

お客さんの中には、商品だけでなく、この建物を見るために来店する人も多いのだそう。

実は「FUMIKA_UCHIDA」の前、ここにはコンビニ(!)が入っていました。と言ってもこの内装をそのまま活用するのではなく、この広い空間の中に「箱」を設け、その箱の中をコンビニとして使っていたのです。

モールディングと呼ばれる、天井に施された「段」の装飾。薬学研究所時代からあったもので、空間に重厚感を与えています

「東京大空襲の時、アメリカ軍が東京大学を占拠したので、近辺に空襲が落ちずこのビルが残ったのだろう」。そう教えてくれたのも、地域の年配の方でした

コンビニの「箱」が撤去されたことでビルの荘厳な内装があらわになり、元々ビルを知っていた地元の人たちも「中はこうなっていたんですね」と、嬉しそうに見上げているとのことでした。

「前のコンビニさんが箱の中で営業してくださっていたおかげで、ビル内が綺麗に保たれていたんだろうなと。いつかもし自分達が出ていった時のことも考えて、このビルの価値を残していく使命感を感じています」

エントランスは角面に設けられ、街の顔として人々を迎え入れます

「薬の研究所」から「服の研究所」へ、実験の心を引き継いで

お店を出す上で、立地のマーケティングももちろん大切。でも、それ以上に「ビビッと来た」というフィーリングを大事にしたことで、空間と商品がお互いを引き立て合うお店が生まれました。

このビルで日々行われているFUMIKA_UCHIDAの「実験」を見に、ぜひ研究所まで足を運んでみてください。

●お店情報
店名:FUMIKA_UCHIDA store(フミカ_ウチダ ストア)
Instagram:@fumika_uchida_store
住所:東京都文京区本郷 3-38-10 さかえビル 1F
開店:2018年 10月
広さ:84.22㎡

Before:『元薬学研究所にて』 荒々しく撤去された壁や機器の痕跡と、繊細な装飾が受け継がれた空間

After:『FUMIKA_UCHIDA store』 柔らかなカーテンや色とりどりの商品が無骨な空間と調和し、美術館のようなお店に


※この記事は、東京R不動産のnoteにも掲載しています。
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