2008.12.19

 

07|絞り込むということ

林 厚見(東京R不動産/SPEAC inc.)
 
絞り込む勇気

前回の"妄想R不動産"のイメージについては、事業としての現実味という意味で意見が分かれるのではないかと思います。あるいは「考え方としてはアリだけど、場合によるよね」という感じでしょうか。おっしゃる通り、すべては「モノとやり方と加減」次第であって、例えばアイディアは変えずとも10年でモトが取れるように安くつくるとか、エリアに複数つくることで人を集めるとか、考え方によって広がりや現実性は変わります。

いずれにしても、ユニークな物件をつくるときには、リスクや不確定性もある一方で、ポジティブな戦略や工夫もたくさん考えられます。そもそも東京には"床と壁"はもう十分たくさんあるわけですし、工夫して新しいことにチャレンジしないと、うまくいかないし意味がないとすら思います。みんなで同じことをしていると死んでしまうということはすでに証明されているのですから。

ところがそれでも、変わったコトや一歩先を行くコトをやるのは、怖い。これは真面目に事業を考える人こそ抱く、偽りない気持ちだと思います。一方で、「人と同じことをやるのも新しいことをやるのと同じようにコワい」と思うのが、これからのあるべきマインドではないでしょうか。

価値の在り処

例えば何らかのコンセプトなりライフスタイルにフォーカスしたとします。それが前回のスケボーハウスだったとすると(ちょっと例が偏ってますが)、きっとすぐに「おいおい、そんなの15年後には誰も欲しくないかもしれないだろ?」という声が想像できます。そうかもしれません。でも今よりよくなるかも、しれません。世の中には変わるものと変わらないものがあり、さらに言えば「意外に変わらないもの」もあります。デジタルだらけの世の中になっても本や新聞は残り、明治創業のまんじゅう屋も変わらず残っていたり。人のライフスタイルは、変わるものと変わらないものの差が激しいのです(このあたり、リストアップしてみると結構おもしろいですよ)。

一方で、風呂好きのためにモノスゴく広くて気持ちいい風呂をテーマにした場合、風呂がいくら"日本人の普遍"だとしても、部屋全体の設計がマズければ長期的にその部屋の価値が続くことはありません。

大事なのは実はアイディアそのものではないのです。ペットマンションがいいとか悪いとかではなく、むしろ結果を生むのは「そのアイディアにあった場所、空間、ディテール」です。きちんとやってる老舗店は生き残り、詰めの甘い新コンセプトの店はつぶれていくのです。使う人間の立場できちんとつくられたかどうか。ニッチ性や先進性以上に、価値のブレはそこで起こります。

数の論理

ここで、数の論理というお話が関わってきます。コンセプトを絞りこむとき、それが「バイク」とか「料理」といった用途的なものにせよ、デザイン的なものにせよ、マーケティング上は敏感にならざるを得ません。そんなときよく言われるのが「不動産は1人のファンがつけばいい」というものです。これはちょっと危険なフレーズです。確かにそうも言えるのですが、もう少し丁寧に理解しておくべきだと思います。

まずオーナーである貴方が考えている対象がマンションの3部屋であれば、ちょっと変わったことを考えてみる価値があります。50部屋なら、かなりマジメに"数"のバランスを考える必要があります。

もし1部屋であれば、"攻める"こと、多少クレイジーなことを考えてみる余地はあるでしょう。でもこのときのあるべき感覚は「1人に気に入られればいい」ではなく「50人が気にいるようにつくる」といった感じです。

僕らは文房具とかデザートならばモノを見て気にいった瞬間に買ってしまいます。でもデザートですら、家に帰るまで冷蔵庫入れられないだとか、好きだけどダイエットで我慢とか、色々と事情もあって我慢することがあるものです。ましてや不動産の場合、
「いいね!大好き!でもこないだ今の部屋更新したばっかりだし!」
「この部屋最高だね!でも僕は高円寺だと職場が遠いんだよね~」
「こんな部屋、お金持ちになったらすぐに住みたいわ!」
「おれが独身だったらな~」
といったことはいくらでもあるのです。テイストやライフスタイルがハマった上で、予算がハマり、場所が許容でき、間取りがOKで、時期もOK、収納も大丈夫・・・と、さまざまなバリアを超えて初めてめでたく成約するわけです。

だから「そういうの好きな人って、絶対1人はいるよね」というのは危ないのです。ただしもちろんこれは事業者、プロデューサーの目線。クリエーターは50人のことを考えるより「自分ならこうする」を追求するというスタンスからまず入ればよいのだと思います。

コントロールはプロデューサーの仕事。顧客のニーズに触れ、肌感覚を磨いて経験値を持っていないとなかなか難しいものです。でも、「絞り込み」がうまくいき、長い命を保っている物件というのは、本当にカッコいいものです。

このブログについて
 

世の中にもっと魅力的な物件を増やしたい。不動産を持つ人・つくる人が、住む人・使う人と一緒に幸せになるにはどうしたらいいだろう?そんなことを考えつつ、感性とアイディアにあふれるお客さまたちから日々ヒントを得ながら不動産事業や投資・経済のことを考えてみる。

「東京R不動産」を共同運営する不動産企画会社SPEACのメンバーがおくる、心あるオーナーさんのための、ビジネス目線のコラムシリーズ。


著者紹介
 

林 厚見(東京R不動産/SPEAC inc.)

カテゴリホーム
コラムカテゴリー
 
特徴 フリーワード
フリーワード検索
関連サービス
 
メールサービス
 
SNS
 
東京R不動産の本
 
公共R不動産のプロジェクトスタディ

公共R不動産の
プロジェクトスタディ

公民連携のしくみとデザイン




公共R不動産のプロジェクトスタディ

CREATIVE LOCAL
エリアリノベーション海外編

衰退の先のクリエイティブな風景




団地のはなし 〜彼女と団地の8つの物語〜

団地のはなし
〜彼女と団地の8つの物語〜

今を時めく女性たちが描く




エリアリノベーション 変化の構造とローカライズ

エリアリノベーション:
変化の構造とローカライズ

新たなエリア形成手法を探る




PUBLIC DESIGN 新しい公共空間のつくりかた

PUBLIC DESIGN
新しい公共空間のつくりかた

資本主義の新しい姿を見つける




[団地を楽しむ教科書] 暮らしと。

[団地を楽しむ教科書]
暮らしと。

求めていた風景がここにあった




全国のR不動産

全国のR不動産:面白く
ローカルに住むためのガイド

住み方も働き方ももっと自由に




RePUBLIC 公共空間のリノベーション

RePUBLIC
公共空間のリノベーション

退屈な空間をわくわくする場所に






toolbox 家を編集するために

家づくりのアイデアカタログ






団地に住もう! 東京R不動産

団地の今と未来を楽しむヒント






だから、僕らはこの働き方を選
んだ 東京R不動産のフリーエー
ジェント・スタイル






都市をリノベーション

再生の鍵となる3つの手法






東京R不動産(文庫版)

物件と人が生み出すストーリー






東京R不動産2
(realtokyoestate)

7年分のエピソードを凝縮






「新しい郊外」の家
(RELAX REAL ESTATE LIBRARY)

房総の海辺で二拠点居住実験






東京R不動産

物件と人が生み出すストーリー






POST‐OFFICE―
ワークスペース改造計画

働き方の既成概念を変える本