

泰山館
駒沢公園に程近い住宅街の中。そこに知る人ぞ知る集合住宅がある。パタン・ランゲージを用いた優れた建築として高い評価を受け見学者が後を絶たず、またその美観ゆえにテレビドラマなどのロケ地としても度々使用されたことがある物件。その建物を見た人たちは必ずと言ってよいほど、「印象的で一度見たら忘れられない」と口にする。


目黒区東が丘の住宅街の中にひっそりとたたずむ賃貸マンション「泰山館」。道路に面したところからのアプローチを進み、門をくぐるとそこに見事な中庭と、それを取り囲む建物が目に飛び込んでくる。まるでどこかの邸宅であるかのように手入れの行き届いた庭園と、異国のヴィラを思わせる木とコンクリート打ち放し、漆喰からなる住棟。東京にいることをしばし忘れてしまいそうだ。
庭の真ん中には泰山木がシンボルツリーとして立つ。モクレン、ハナミズキ、ザクロ、イチジク、ビワ、サザンカ、モミジ、庭にはさまざまな樹々が植えられている。四季折々の花が咲き実をつけるというが、その種類は100以上もあるという。夜になれば泰山木に付けられたイルミネーションが静かに建物をライトアップする。庭の一角には葡萄棚とベンチがすえられており、そこでは週末バーベキューを楽しむ住人の姿が見られる。
泰山館のオーナー、小杉 勇さんにこの建物にまつわるエピソードについて伺った。
「65歳で会社員をリタイヤしたとき、もともと所有していた約1000坪の農地にマンションを建てる計画を立てたのです。 そのとき紹介されたのが、建築家の泉幸甫(いずみ・こうすけ)氏でした。それからパタン・ランゲージに基づく家づくりが始まったのです(※1)」
驚くべきことに、オーナーの小杉さんはそれまで建築の知識がまったくなかったにも関わらず、設計者と一緒になって自分がこれからつくる建物のことを一から勉強したという。法政大学の五十嵐敬喜教授なども加わり、勉強会が行われた。「まったくの素人でした。これだけ勉強したんですよ」。見せていただいた当時の資料は、いたるところ赤線がびっしり。
また素材にこだわる泉さんに連れ立って、遠く中国や韓国まで、建物に使う「せん(※2)」という貴重な黒いレンガを一緒に探しに行ったりもしたという。それは泰山館の外装に使われているが、他にも玄関のドアや柱にはめこまれているイタリアンモザイクのガラスなど、他ではあまりお目にかかったことのない素材が方々に使われている。(なお、玄関のモザイクは一個一個すべて違う)。
※1 パタン・ランゲージとは70年代にアメリカのクリストファー・アレキザンダーという建築家が提唱した自然と調和した住まいづくりの理論。世界各地の都市や建築を見て歩き、快適な住環境に共通する要素を抽出し253のパタンにまとめた。『パタン・ランゲージ-環境設計の手引き』(鹿島出版会、1984年)が日本語でも出版されている。
※2 せん=「土」へんに「専」と書く。

設計者である泉氏にとっても、これまで手がけた作品のうちでも代表的なものであるという。まさにここはオーナーと建築家とその両方の思い入れが詰まっている。パタン・ランゲージとは生活と調和した建物をつくるためのパタンをすべて収録した建築家のための辞書のようなものだが、本当にこの建物では細部までが綿密に計算され尽くされている。人がそこで生活をすることが徹底的に丁寧につくられている住まいなのだ。
戸数は全部で34戸あるが、部屋ごとのつくりは同じものは一つとしてない。1階の南向きの部屋には専用庭が付き、かたや見晴らしのよい3階には、リビングから木々に囲まれた庭が眺められる部屋がある。
内装はムク材を使用したフローリングと、漆喰を塗った真っ白な壁の、自然な雰囲気。
それから何といっても収納が多い。またどの部屋も南に向いた窓からの光がきれいに差し込み、収納は十分、玄関を開けた横には靴を履くときに便利な小さなベンチがあり、リビングには窓辺にソファーベンチがある(※一部お部屋によってはソファーベンチのない仕様もあります)。
見た目の良さを優先し、実際に生活してみると住みにくさを覚えるデザイナーズ・マンションが多い中、ここは、あるべきものが、あるべきところにある、という感じ。驚いたのは、板壁をよくよく見ると、板と板の間に少しすきまが空けてあって、そこに画鋲を打ってもいいつくりになっている。そんなところまで考えられている細やかさに感心した。
数多くの芸能人がここに住んでいたというのも納得がいく話だ。オーナーの小杉さんが言うには、内見に来た方が、ゆるいスロープになっているアプローチをあがって、泰山館の全貌をはじめて目の当たりにしたときに驚かれる表情が忘れられないのだそうだ。
美しさと機能性、心地よい自然環境と、3拍子揃った泰山館。せこせことつくらず、じっくりと向き合って丁寧に仕上げた魅力がそこにある。オーナーと設計者泉氏の、建物への深い愛情が感じられる作品である。小杉さんは言う。「もともと植えられている木々の他にも、毎年私がチューリップやパンジーなどを植えて、庭で咲くんですよ」。年月を重ねるにつれ、むしろ熟成され深みを増していく、そんな素晴らしさを感じさせてくれる住宅である。
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