2011.2.1 |
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元診療所、アトリエになる
雑誌『東京人』(2月号 February 2011 No.293)の特集「東京の新しい住まい方 リノベーションとシェアオフィス」中でも紹介された、元診療所、現アトリエ物件のストーリーをお送りします。
サイコロみたいなかわいいキューブ。戸越銀座商店街のなかにあった診療所をリノベーション。改装は山崎顕彦建築設計事務所による。
「まる3年、東京R不動産をいつも見ていましたが、本当に自分が問い合わせするなんて思ってもみませんでしたね」
シマムラヒカリさんは会社員としてデザインの仕事をする傍ら、いつか陶芸で食べていけたらと、仕事の後、自宅の一角に置いたロクロと窯で制作する日々だった。しかしこの物件との「出会い」が転機となった。
最近まで診療所として使われていたが、院長先生が高齢で引退されることとなったため空いた物件。院長先生の娘さんにあたるオーナーは、一時は建て替えを考えたが、建築家に相談したところ、せっかく味わいのある物件なので、この古い木造の建物の魅力をあえて活かしつつ、リノベーションして貸し出してはどうかとの提案を受けたという。そして改装を終えた後、オーナーさんは東京R不動産に連絡をくださり、サイトで紹介されることとなった。
かつての診療所が、陶芸のアトリエ「ピカスタヂオ」として生まれ変わった。
入り口の部分は、スチールの棚を置いて、ミニギャラリーに。/元の柱はそのままに。診療所時代の過去と、アトリエとなった現在、2つの歴史をつなぐ。
こうして、補修を施され真っ白に塗られて見違えたそれは、建物のもつ懐かしさを感じさせたままアトリエや事務所に使える物件として貸しに出されることになった。そして"いつかアトリエを"、と思って、毎日サイトを見ていたシマムラヒカリさんの目に突然飛び込んできたのだった。「サイズ感と言い、雰囲気と言い、自分が思い描いていたのとぴったりでした。まさにこれだ、という感じで。アトリエを持つのは将来独立してから......と考えていたので、とても悩みました。でも、直感でこれは縁だと思った。逃したくなかった」。
結果的に、この物件を借りるという、かなり自分としては思い切った決心が、いろんなことが前に進む、良いきっかけとなったのだという。
「不思議と契約してから展示会の話が来たりして、今までより陶の仕事がずっと増えましたね。もしかして自分の気持ちが自然と変わってきたのかもしれない。実を言うと、思い切って借りてしまったけど、本当に良かったんだろうか、契約直後はむしろ『やってしまった』という気持ちが強く、ずいぶん悩みもしたんです。でも、あるときからふっきれたというか、開き直った自分がいた。とにかくやってみようと。そこから自分の気構えも変わっていった。そして自然と、今はいろんなことがいい方向へ向いている気がしています」。
シマムラさん作のお皿。アニマルシルエットがかわいい。
近隣にある写真館兼雑貨店「フォトカノン」などと共に、戸越銀座商店街の新しい魅力となりつつある。
いま、シマムラさんはこの建物を、週末アトリエとして使う以外に、いろんな意味で自分に刺激を与えてくれる「場」にしようと考えている。空間の一部をいろんな人の作品を展示できるギャラリーとして使い、街行く人が立ち寄れる(この建物は、戸越銀座の商店街のなかにある)ようにした。
また、最近、服につける陶のボタンをつくったりする、「一日陶芸教室」も始めた(※ボタンの他、コップやペンダントトップなどもつくれるそうです。ホームページから申し込めます)。シマムラさんいわく、「いろんな人と出会い交流していると、その分、次につくりたい作品のアイデアも湧いて来るから。場所が自分を『開いて』くれる」というのがその理由だ。
自宅とは別にアトリエの家賃も、というのは、気軽なことではないのもまた事実だ。だが今回物件を借りるにあたり、自分のなかで『1年単位で考えてみよう』という計を立てたんです。1年やってその時点で続けていけるか見直す、また1年やって見直す。そうした中で、この場所を借り続けるかどうかをまた見極めていけばいいんじゃないか。また、作家としての自分自身を計る指標ともなるはず」。先のことを思えば、いろいろ迷うこともある。だがこの場所が自分を元気にしてくれるし、今はそれがプラスに働いているという。
「いずれ作家一本で生きていきたい」と考えているシマムラさん。物件との出会いは、ときに、その人の夢の実現を力強く後押しする力になる。かつては院長先生とともに診療所としての長い歴史を重ねてきたこの空間。今度は、陶芸を営むひとりの女性と、アトリエとして第二の人生を歩もうとしている。
元診療所を改装した、シマムヒカリさんのスペース「ピカスタヂオ」のホームページはこちらです。
ピカスタヂオ