column 2010.1.19
 

引き継がれていく物件、そしてモノたち

安田洋平(東京R不動産/Antenna inc.)
 

最高のスタジオ物件にして、R不動産史上最強のオマケ付物件? 2009年「あまり知られていない」名物件の後日談。

写真提供:LaMOMO

一瞬で消えた?

夜、サイトにアップされ、翌朝には申し込みが入ってしまったため、東京R不動産のウェブサイトにはわずか1日ちょっとしか載っていなかった。そのためふだんかなりサイトをこまめに見てくださっているという方のなかでも見逃していらっしゃるかもしれない。東京R不動産では毎週、メールマガジンでその週に掲載された最新の物件をまとめてご紹介するようにしているが、本物件のようにその前にサイトから消えてしまうと、メルマガにすら載らない幻の物件になってしまうのだ。

もともとここは、画家のアトリエだった。
何といってもまずその天高。メインのアトリエ部分はなんと5メートル近い高さがある。そして驚くのは室内を照らしているのがほぼ自然光だけ、ということだ。天然のスポットライト、そう言わんばかりにトップに空いた窓や横に空いた開口部から光が差し込んでいる。それだけで普通に明るい。どこか神々しくさえある。しかも電気の光と違う独特の柔らかい光なので、照らされたモノたちに優しいテクスチャーを与えている。

この窓、元からこうです。天井から床まで開けた窓からは隣のお屋敷のワサワサとした緑たちが。

(左上)自然光が降り注ぐ2階のアトリエ2。(右上)この日は曇りだったのでやや暗いですが、ここの庭は、どこかゴッホの絵に出てきそうな、フランスの田舎をイメージしてしまう。(左下)庭でも撮影ができる。塀の向こうが建物でなく、やはり大きな邸の庭と空間がヌケているというのも奇跡的。(右上)2階の改装も床の張り直しと壁の漆喰塗りなど必要最低限で済んだ。

理想のスタジオ物件

1974年に建てられたという、潔い美の感じられるミニマルでモダンな空間。華美ではないがディテールひとつひとつに目を奪われる魅力がある。さらに勝手口から外に出ると、梅や柿などの木々が植わり芝が敷かれた、気持ちの良い庭がある。

巨大な吹き抜けを持つメインルームのアトリエ1の他、2階に上がれば自然光がやはり柔らかく差し込むアトリエ2、さらに部屋がもうひとつあり、こちらはいっぱいに開かれた窓から見える借景が素晴らしい。螺旋階段をさらに上へと昇り、屋上に出れば周りに高い建物はないため、空が気持ちよくスコンと抜けている。下を見下ろせばこの家のお隣のお屋敷の緑がモサモサと揺れている。

「こんなに撮影のための条件が揃っている物件はないんじゃないかと思いました」。

今回借りられたお客さんのコメント。フォトスタジオとして使用するということで借りられたのだが、頷ける話である。

自然光のトップライトが美しい天高5メートルのアトリエ、2階は同じ自然光でも横から差し込んでくるタイプの部屋、ベランダに出ればお隣りのお屋敷の庭を借景に気持ちの良い写真が撮れそうだし、屋上にあがれば空ヌケがいい絵が、また庭に出ても塀をバックに良いカットが撮れそうである。

また、普段、スタジオを探しているお客さんからよくあるご要望として、「天高が十分にあるかどうか」「自然光が入るかどうか」「スタジオとフラットな位置に駐車場があるか」などが挙げられるが、最近特に多いのが「都心にあるということ」である。といって現実、天高のある倉庫的な空間を求めるとどうしても湾岸エリアとか中心から離れていってしまう傾向がある。その意味でも、この建物は、自由が丘から1駅とスタジオとしてかなり魅力的な立地だと言えよう。

レンタルフォトスタジオとして、昨年の10月20日に営業を開始したが、実を言うと、内装はほとんど手を入れることなく、ほぼ元のまま使用している。1階はそのまま、2階にしてもドアを付け替えたのと、古材の床を張り壁を一部漆喰で白く塗った程度である。電気関係などインフラ部分の調整や一部痛んでいた箇所の修繕はしているが、スタジオとしては作りこむ必要がほとんどなかったからだという。また結果的に、オーナーさんにとっても、メンテナンスはありつつ建物としては原状を維持できたことが良かった。

自然光の下の撮影ができることが強み。アンティーク系の古材の貸し出しも充実。

(左)「studio LaMOMO」代表の土屋ひろさん(右側)と日下部信嘉さん。(右)フィッティングルームはもともとこの家の納戸だった場所。広さとか妙にしっくり来ている。

借り主さんはこんな人

今回賃貸された、レンタルフォトスタジオ運営、「LaMOMO」代表の土屋さん(写真右)とスタッフの日下部さん。土屋さんはもともとご自身がカメラマンで、最初お母さんが運営する団体の通販カタログの撮影と制作を始めたことがきっかけとなり、自らが「より良く撮れる」撮影環境を追求するうち、現在のスタジオ運営業へとつながっていったという。

現在は自由が丘(studio LaMOMO )・狛江(studio Lulu)そして今回の尾山台(atelier S)と3つのスタジオを運営している。(ちなみに狛江のstudio LuLu も東京R不動産で契約していだいた物件。こちらは野川が近くにある立地を生かし、アンティーク家具を土手に運び出して撮影できるサービスなどがある)

LaMOMOグループのスタジオの特長は、自然光での撮影に強みがあること。また古材やアンティーク系の小物、グリーンなど無料貸し出し機材が充実している。だが何より、土屋さん自身が撮影者であることから、ユーザー目線で作られているスタジオであることが最大の長所といえそうだ。

たとえば今回壁や床に張った古材にしても、全部自分たちの手作業で行ったのは、「板と板の間の自然な感じの空きとか、そういう細かなことで写真に撮ったときの見え方が違うので、自分達で張りたかったんです」。ちょっとしたことに気が行き届いているところが利用者にとっては有り難そうだ。

LaMOMOウェブサイト

盛況のフリマを終え、すっかり片付いた室内。この後、物件は改装されてフォトスタジオになる。

(左)100名近くの方々が集まった! Rボードフリマの様子。(右)現在、フィッティングルームになっている納戸には、絵画や陶芸の道具が多数残されていた。

史上最高のオマケ付き?

余談だが実はこの物件、結果的に「史上最高のオマケ付き」物件でもあった。

物件募集時、この建物のなかにはまだたくさんの残置物が残されていた。通常、残置物というと貸主負担で処分するものであり、事実オーナーさんは当初トラックを呼んで全部棄てようとしていたところだった。だが、それらは宝の山だった。現オーナーの親御さんである、こちらに住まわれていた画家の方、また陶芸を長年やられていたその奥様が遺したイーゼル、額縁、電動ろくろなどの絵画用品・陶芸用品、趣味が良く年季のこもった家具、お盆やガラス器、花器の壷などのアンティーク小物などなど。どれもそのまま捨てられてしまうのがあまりにもったいない品々ばかりだった。

そこで急遽、東京R不動産の掲示板「Rボード」で、R不動産としても初の試みとなるフリマを行うことにした。「元画家のアトリエにあったもの、タダで譲ります」。告知を出したところ、なんと100名近くの方が応募され、予想以上の賑わいに。そして部屋いっぱいに溢れかえっていたモノたちはフリマ開始からものの数時間でそのほとんどが引き取られ、あっという間に片付いてしまった。

おかげでオーナーさんは3tトラックの費用が浮いたし、またそれ以上に、この家にあった思い出の品々を、「大事に使います」と言って他の方が譲り受けてくれたことが良かったと喜んでくださった。

また、フリマから日が経って、「こんな風に使っています」というメールを数通いただいたが、そこでは、古い壷がちょっとした物容れに使われていたり、新たな持ち主のもとで素敵な使われ方をして、まさに第二の人生を歩んでいるモノたちの姿があってこちらも嬉しい気持ちにさせて頂いた。

いくつもの出会い

LaMOMOの日下部さんがおっしゃっていたこと。「先日、この建物を設計された建築家の鈴木恂さんとお会いすることができたのですが、『次の世代の人でこの建物をまた使ってくれる人ができてよかった』言ってくださったのが嬉しかったです。いいスタジオにしていきたいという想いが強くなりました」。現在ここのフォトスタジオはアトリエSという名前だが、それは設計者の鈴木さんと、オーナーさんのイニシャルから取られたものである。今回のケースでは、何かただ物件の紹介に終わらず、いろんな人とモノが引き合わされ、そして引き継がれていった気がしている。

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